Duolingoは意味ない?1年間続けた結果と語学力のリアル【アラビア語学習者】

当ページのリンクには広告が含まれています。

すき間時間を使って手軽に語学学習ができるアプリの代表格といえばDuolingo。
筆者の周りでも利用者が多かったこともあり、自分も始めてみることに。

ターゲット言語はオマーンの語学学校でも学習したアラビア語に設定しました。

一方で不安なのが、周囲に利用者が多い=放置している人が多いというのが実情で、継続できている人は少数という現実。「意味がない」という感想もチラホラ…。

そんな状況で自分が継続できるか不安ではありましたが、何だかんだ1年間(365日)毎日レッスンを継続することができました。

この記事では、アラビア語学習のためにDuolingoを1年間使い続けた実体験をもとに、継続してみた感想をできるだけ誇張せずに書いていきます。

「Duolingoを1年続けると実際どうなるの?」「本当に効果はあるの?」というような疑問を持っている方に対して、自分なりの判断ができるような材料を共有できればと思っています。

結論から言うと、1年間続けた結果、文字はある程度読めるようになったものの、会話や文章作成はまだ難しいというのが正直なところです。

目次

今回の記事を書こうと思った背景

当初はあまり期待していなかったものの…

Duolingoを使い始めた当初は、正直なところ「1年間続けたらどうなるのか」までは深く考えていませんでした。
というのも、気軽さが裏目に出て?放置気味の人が周囲に多かったから。

もちろんDuolingo側でも継続が難しいことは認識しており、レッスンをしないと通知が来たりアイコンが変化したりします。マスコットの鳥がゾンビになっていたり白骨化していたりと、なかなか悲惨な状況になります。

そんな状況ですが、皆あんまり気にしていないみたいでした。

どうせ自分もいずれ放置するんだろうな…と思いつつ、すき間時間を使って語学に毎日触れる習慣が作れれば十分、くらいの軽い気持ちで始めました。

壁打ち相手として思いのほか優秀だった

ただ、気がつけば毎日レッスンを続けて、いわゆる「365日ストリーク」に到達しました。この数字自体に特別な意味があるわけではありませんが、少なくとも「途中でやめなかった」という事実だけは残りました。

ただ結果として、期待していたレベルには至りませんでした。

一方で、それは会話もおぼつかないレベルの初心者の壁打ち相手として,非常に優秀であるということは分かりました。

Duolingoでアラビア語学習を始めると、最初は特定の文字をひたすら練習したり、発音練習をこなしたりという地道な訓練を繰り返すことになります。この「数をひたすらこなして文字に慣れる」という訓練は、とにかく機械的に進めていく以外に道がないうえに、人間相手ではなかなかできません。

アラビア語の場合は「文字そのものを覚える」という最初のハードルを超える必要があるので、この点は非常にありがたかったです。

1年間続けてクセが分かってきた

ただ学習者として何とも中途半端な感覚を持つようになったのは事実です。

これまでも記事にしたHellotalkやTandemでも人間相手の会話レッスンを継続していますが、基本的な発話も正直おぼつかないレベルに留まっています(しつこい)。

365日という一つの区切りは、そんな今の時点で感じていることをそのまま整理してみるひとつのきっかけ。

この記事を通じて「1年間続けた人の一例」として、何が変わって、何が変わらなかったのかをできるだけ正直に書いていくための振り返りを行うことで、これからの自分の学習継続のモチベーションにしつつ、その過程で誰かの役に立てれば更に良いかな、と思いました。

Duolingo自体の説明記事はおそらく既に飽和状態だと思うので、リアルな体験談がやっぱり一番です。

1年間続けてみて変わったこと

文字が読めるようになってきた

一番分かりやすい変化は、アラビア語の文字に対する抵抗感がかなり薄れたことです。

学習を始めた当初は、アルファベットとは全く異なる文字体系に戸惑い、「読める・読めない以前に文字として認識できない」ような状態でした。

この状態は語学留学を経ることである程度緩和されたものの、触れない期間が長くなると記憶も薄れてしまい、また同じような感覚に…。Duolingoは「あの時」の感覚を取り戻すのに大いに役立ちました。

Duolingoでは、特定の文字をひたすら認識させるレッスンや、発音と文字を結びつける練習が何度も繰り返されます。
正直、地味で単調な内容ですが、毎日少しずつ触れているうちに、少なくとも補助記号付きの文字であれば、以前よりもスムーズに読めるようになってきました。

知らない単語の意味もすぐに表示されるようになっていますし、文字をタップすると音声が再生されるので、覚えなければ!という強迫観念はありません。分からなかったらタップして意味や発音を確認→気軽に正解、というプロセスを繰り返すことができます。

まだ全ての文字をすらすらと読めるようなレベルには至っていないものの、「それぞれの文字が認識できる」状態に近づいたこと自体は、アラビア語学習においては割と大きな前進だと感じています。

語彙や表現が少しずつ積み上がる

もうひとつ感じているのは、語彙や基本的な表現が断片的ではあるものの、確実に蓄積されているという感覚です。

Duolingoのレッスンでは、同じ単語や表現が形を変えながら何度も出てきます。
最初は意味を思い出すのに時間がかかっていた単語も、気がつけば「見たことがある」「何となく分かる」という状態になっていました。

割と身近な語彙が多いのも非常に役立ちます。

もちろん、自分で文章を組み立てられるほど自在に使えるわけではありません。一日一レッスンのペースで一年間継続しただけでは、会話表現よりも単語レベルの内容が多いので、なかなか会話にも突入できません…。

それでも、「完全に初見」だった単語が減ってきたことや、アラビア語特有の言い回しに少しずつ慣れてきた感覚はあります。イラストと単語をマッチさせる単元は地味に日常生活にも役立ちそう。

大きなブレイクスルーではありませんが、毎日触れているからこそ残っているものがある、そんな実感です。

ただし現状アラビア語のコンテンツは日本語では提供されていないので、たまに英語の文法が原因で不正解になることもあります…。このあたりは仕方ないですね。

アラビア語特有の「反復」ができる場所としての価値

アラビア語学習においてDuolingoが特に役立っていると感じるのは、同じ練習を気兼ねなく、何度でも繰り返せる場所である点です。

それぞれの意味は分からないけど、音は分かるようになります。

先ほども触れたのですが、文字や発音の基礎部分は、とにかく回数をこなして身体に染み込ませるしかありません。
ただ、これを人間相手で行うのは現実的に難しく、どうしても遠慮や気まずさが生まれてしまいます。

対面で色々やり取りができる環境があるなら、ひたすら文字の練習をするのはもったいない気もします…。

Tandemなどで文字から丁寧に教えてくれる親切な人が稀に居るのですが、こういう関係って残念ながら長くは続かないんですよね…。

その点、アプリは淡々と問題を出し続けてくれるので、間違えても気にする必要はありませんし、理解できるまで同じような練習をひたすら続けることもできます。

特にやる気があまり出ない日や「今日はとにかく最低限でいい」という日には、この機械的に反復できる環境が学習をゼロに戻さない支えになっていました。Duolingoからメールが来たり、通知が来たり、ウィジェットの鳥が変わっていくのも、振り返って考えると「学習を途切れさせない」ためのモチベーションに一役買ってくれていましたね。

1年間続けてもまだ難しいと感じていること

自分で文章を作るのは厳しい

単語や表現に見覚えがある状態にはなってきたものの、それを使って自分の言いたいことを文章にするとなると、途端に難しくなります。

アラビア語初学者はまず最初に文字や対応する発音を覚える必要があるので、初学者向けのDuolingoのレッスンではどうしても選択肢から正解を選ぶ形式の問題が多く、あっても並び替え問題くらい。

「ゼロから文章を生み出す」訓練はほぼゼロです。

そのため、「意味は分かる」「構造も何となく分かる」という受動的なシチュエーションでは何となく分かるけれど、「自分で書けと言われると書けない」という状態が続いています。

このあたりが1日1レッスンペースの限界なのかもしれません。

メッセージベースの会話はまだ成立しない

そんな状態なので、メッセージをアラビア語で書けるレベルには至っていません。

日常会話についてはフレーズの蓄積がある程度あるので(口頭でなら)表現が出てくるものの、いざ書こうとすると挨拶やごく短いやり取りでさえ手が止まってしまいます。

「相手の言葉に自然に返す」というところまでは、まだかなり距離がありますね。

アラビア語には時制表現があったり、単数形と複数形が全く異なる形になる単語があったりと、イレギュラーが非常に多い言語なので、定型文以外の文章が相手から送られてくると、すぐにお手上げ状態になってしまいます…。

自分から積極的に会話するためには、さらに上のレベルを目指していくしかないという現実がはっきりしました。

実戦では結局英語や日本語に逃げてしまう現実

それでもやっぱり生身の人間と交流したいので、実際のコミュニケーションの場としてHelloTalkやTandemも並行して使っています。

ですが、どうしても実力差は埋められません。アラビア語でやり取りをしようとすると、どうしても途中で英語であったり、相手が日本語ができる場合はそもそも日本語に切り替えてしまう場面が多くなります。

一方で、最近は生成AIを補助的に使えば、書かれている内容を十分に理解していなくても形式上のやり取りが可能です。私も何度も試しましたが、非常に便利。相手の意図をくみ取って、こちらの表現したい内容をちゃんと生成してくれます。

ですが、次第にいちいち外部のツールを使うのが億劫になり、結局会話そのものも長続きしませんでした。

自分ではない第三者に会話情報がインプットされていることを考えると、気持ちの良いものではありませんし、何だか不誠実な気がする、というのも気になった点です(もちろん相手がAIを使っている可能性もありますが)。

Hellotalkでストリーク達成の画像を上げたことがありますが、「頑張って!」というコメントとともに、「そんなに続けたのになぜできないの」「Duolingoは意味ない」といったコメントが付いたことも。やっぱりただ続けただけではレベルが上がらないことを皆認識しているんですね…。

Duolingoを続ける理由

では、その状況に至ってもDuolingoを使い続けている理由は何なのか?
結論から言うと、何だかんだ言って習慣になったからに他なりません。

毎日触れないと気持ち悪い

壁打ち相手として適当なものが他にないということもあって、日々反復練習を続けていたわけですが、いつの間にかそれが習慣に。

仕事を始めてスケジュールがタイトになり、一日の終わりギリギリまでレッスンができない日もありますが、その分朝の通勤時間中に時間を作るようになったり、休憩時間にサクッと済ませたり…という風に、むしろ自分のスケジュールを多少調整するようにもなりました。

レッスンが煩わしい日には、レッスンよりも比較的軽い文字の学習(アラビア語の場合は本番のレッスン以外に個別の文字の習得を目的にする単元がある)を行って、継続日数を途切れされないようにしています。

少しずつ埋めていくような感覚が結構楽しい。

スマホのホーム画面のウィジェットが時間によって変化するのもリマインダーとして良いですね(煩わしくてたまらない人の方が多いかもしれませんが)。

続けやすい難易度設定

学習が進めばもちろん難易度も上がってきますが、何とか続けてこられているのは、おそらくちょうど良い難易度設定だからでしょう。

これがちゃんとしたテストであれば、学習内容を忘れてしまうと全く先に進めなくなってしまいますが、Duolingoの場合は単語や表現を忘れてしまってもその場ですぐに確認することができますし、設問が急激に難しくなったりすることもありません。

単語を忘れてしまってもこんな感じで思い出して先に進めます。

ときどき内容が難しくて先に進めなくなることもありますが、その場合は少し前に戻って解き直したり、別の学習内容にトライしたりすることもできるので、ストリークを維持できています。

やっぱり興味があるから

そして何よりも、その言語自体に関心がある、というところが大きいです。

最近は中東情勢も一段と混沌の度合いを増しており、日々入ってくるニュースは現地の報道を切り取ったものも多いです。その時に文字が少しでも読めると、意味は分からないながらに学習内容が実世界に繋がっていることを感じてモチベーションが上がります。

それ以外にも、折に触れてアラビア語圏の文化や習慣に触れたりして、有用さを改めて認識することがあります。

初心者が手軽にアラビア語に触れられる媒体は正直そこまで充実していないので、Duolingoが数少ないその窓口として機能している、という感覚です。

余裕がないときに通知を受け取るとイラっとすることもありますが、それ以上に手元に学習ツールがあること自体が嬉しかったりもします。

とはいえ不満もないわけではない

ここまで続けてきて感じた気になる点も、もちろんあります。
最初の一点以外はレッスンそのものにはそこまで影響しないので、あえて改善してほしい点を挙げるとすれば、というレベルではありますが…。

正解してもなぜか減る!謎の「ライフ」システム

以前は、無料の学習者向けに「間違えるとハートが一つずつ減り、ゼロになるとレッスンが受けられなくなる」という制限(HP)が課されていました。

これは間違いに対してペナルティーがあるのと同義ですが、良い緊張感にもなりますし、個人的には「お金を払っていないことを考えればまあ納得できるかな」という程度のものでした。

そのHPが無くなり、新たに「ライフ」が導入されました。

これが曲者で、正解しても失敗しても減っていき、一定数を下回るとレッスンが継続できなくなるのです。

しかもどの程度でライフがチャージされるのかもよく分かりませんし、正解しているのに先に進めなくなるのは、時間がない中でどうにかレッスンを継続している学習者にとっては致命的と言えるのではないでしょうか。

こちらは通勤時間の5分、10分の時間でサクッと学習したいだけなのに、長くアプリに留まらないといけないというのはやっぱり納得できません。
ライフを回復させるために広告を見る…みたいな不毛な時間も使いたくない。

このサイトではその意図が以下のように説明されています。

以前のしくみ「HP」では、無料版の学習者は間違えるたびにHPを1個消費していましたが、これは学習をサポートする方法として最も効果的なものではありませんでした。特に、理解に時間を要する初心者にとっては、HP切れでレッスン終了という事態は苛立たしいものです。間違えることは学習の自然なプロセスなのに、それがやる気をそぐ原因になってしまっては元も子もありません!

出所:DuolingoアプリのHPが「ライフ」に生まれ変わった理由

筆者の日本語力ではちょっと理解できませんでした。

ライフを回復させる方法は主に「広告を見る」か「ジェムを使う」の二つ。連続正解でも回復するようですが、どの程度連続正解すればどのくらいライフが回復するのか分かりませんし、消費スピードの方がどうしても速くなってしまうので、やっぱり現実的ではないでしょう。

ユーザーに広告を見せたい・課金させたいという意図があまりにも露骨すぎやしませんかね…。

人名の固有名詞がどうしても欧米系

これはある意味仕方ないと思うのですが、人名の固有名詞が「ジョージ」やら「ジュディー」やら欧米系に偏っています。

アラブ人と思われる人名ももちろん登場する(ムハンマドとかオマルとか)のですが、アラビア語の学習教材であればもう少しバリエーションがあっても良いのではと思ってしまいます。

いずれ仕事や何かでアラビア語を使うシチュエーションが訪れたとしても、相手はおそらく「ジョージ」ではない可能性が高いでしょうし。

HelloTalkやTandemとの使い分け

それぞれのサービスの単独記事でも書きましたが、やっぱり明確に役割が違うと感じています。
あちらはリアルな交流の場、こちらはストイックな練習の場、といったイメージでしょうか。

HelloTalkは気軽なアウトプットの場。

アラビア語で投稿できるレベルではありませんが、たまにDuolingoのストリーク記録をシェアして賞賛してもらうことでモチベーションを保ったりしています。

あとは同じ機能で不特定多数のメンバーに質問することもできるので、ふと「これってどういうこと?」と思ったときなんかに役立つことがあります(ただし内容によってはAIの方が役立つこともあります)。

Tandemは対個人のコミュニケーションがメイン。アラビア語初心者のレベルでは単純なフレーズの練習であったり、アラビア語圏への興味を示すのがやっと、というところです。

英語や日本語で会話することで友達はできるのですが、サービスとしての本来のポテンシャルを活かせているかというと、やっぱり微妙かも。もっとレベルアップしてから戻ってきたいな、というのが本音です。

まとめ

ここまでアラビア語初学者である筆者がDuolingoを一年間継続した結果どの程度まで運用能力が上がったか、というところのリアルをお伝えしました。

結論から申し上げると、「文字はある程度読めるようになったが、自分からの発信はほぼ不可能」というレベルです。

期待していた人にとっては、ちょっと残念な感じかもしれませんね。

ただアラビア語は日本語から最も遠い(=習得が難しい)言語のひとつなので、別の言語であればもう少し習得度合は上になる可能性もあります(インターフェースが日本語だと違うかもしれません)。

ただ一方で、毎日触れ続ける習慣ができるという意味ではかなり良いサービスであると言えるでしょう。
特に日本で学習者の少ない言語について、毎日触れられるという環境はかなり貴重だと断言できます。

これからも地道に続けていく予定なので、いずれ別の機会で進捗を報告したいですね。

以上です。

HelloTalkとTamdemのレビュー記事はこちらからどうぞ。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次