ジュネーヴ留学中に色々と頑張ったけれど、結局届かなかった国際機関。
おそらく自分には無理なのだろうなと考えて、別業界への転職を目指しました。
そのように国際機関への就職はすっぱり諦めたつもりでしたが、帰国した後でも何だかんだ言って求人情報を見てしまう自分がいました。
転職活動でもその未練じみた感情は漏れ出していたようで、転職エージェントからも苦言を呈される始末でした。
この記事では、どうしてそのように執着してしまうのか、そしてこれからどう向き合うべきなのか、改めて自分のこだわり?を深掘りしてみたいと思います。
想像以上に厳しかった国際機関就職
国連は修士号以上が必要、の本当と嘘
色々なところで書いていますが、国際機関への就職は非常に狭き門。
高い専門性と高い能力が求められます。
修士号や博士号が必要と言われることも多いですが、ポジションによっては普通に学士でも応募が可能だったりします。
必須ではないにしても役立つだろうと思ってIHEIDに進学したのですが、そこで見たのはそういう現実でした。
既に分かっていたことではあったものの、やはり「遅すぎた」のです。
国際機関へのチャレンジは35歳までにどうぞ
実際には多くの人がインターンやJPOなどの枠組みで採用されていきます。
多くのインターン求人に直接雇用には結びつかない旨が書かれているもののそういった採用形式が多いのは、結局リファラルに勝る資格はない、ということなのでしょう。
内部事情やネットワークを持たない外部人材が採用されるには、それを上回るだけの強い専門性や経験が求められるように感じました。
そこで求められる高度な専門性はどうすれば身につけられるのかについては、未だに分かりません。
国際機関の力学に阻まれて全滅
結局修士課程を卒業するも、そこまで専門的なスキルや知見もなく、志望する機関もカチッと決まっているわけではない自分は、書類選考すら通過することはありませんでした。
何とか入口をこじ開けようとPレベル以外にも色々と応募しましたが、結果は全て同じ。
しかもお祈りメールが来れば良い方で、基本的に全ていわゆるサイレントお祈り。
いつまで待っても結果が来ないのはやっぱり辛かったです。
なぜ自分はここで戦っている人よりも年齢が高いのに専門性が圧倒的に劣っているのか。
このときほど日本型雇用の強制ジョブローテを恨んだことはありません。
成功ナラティブに乗れない自分
清々しい成功ナラティブが溢れる世界
国際機関まわりの成功体験談は、ちょっと検索すれば世の中に溢れていることが分かります。
みんな非常に若いうちから特定課題の解決に熱意を持っていて、留学するだけでなく、膨大な数の応募をこなしたり、ツテをたどってインターンのポジションを作ってもらったりと、チャンスを掴みに行くだけでなく、自ら生み出しに行っている。
その情熱やひたむきさは本当に素晴らしいし、やはりそこまでの覚悟がないとその世界には届かないという厳しさも一方で感じます。正直、羨ましい。
自分が二十代の頃は留学は遠い夢だった。
お金も語学力もそこまで無かったし、世界の課題に触れるような原体験と呼べるほどのものもなかった。
そもそもリーマンショックの就職難もあって、文系で修士課程に進むなんてありえないという風潮があったし(自分も学部卒業後に大学院留学をした同級生を半ば冷めた目で見ていた)。
眩しい成功体験談を目にするたび、今考えても仕方のないことばかりをぐるぐると考えてしまいます。
関心のある分野とやりたい仕事
でも、自分と同じような環境下にあっても、ボランティア活動のために海外に行ったり、奨学金を勝ち取って留学を果たした人も確かにいるわけです。これは揺るぎのない事実。
では、なぜ当時自分にそこまでの意欲がなかったのか。
そして、なぜ今このような状況になっているのか。
キャリアを既にある程度積んでいるから、と綺麗な入り口ばかり求めてしまう姿勢の根底には何があるのか。
そもそもどうして国際機関を目指すに至ったのか。国際機関でどの分野で何をしたいのか。
振り返ってみると、政策やメカニズムには関心があるものの、特定の社会課題や機関への関心がそこまで強くなかったことに行きつきました。
もしかしたら課題意識ではなく、ステータス欲求なのかもしれない。
国際機関就職自体が目的って変ですか?
色々な機関の色々なポジションに応募していましたが、自分のスキルや志向とのマッチは考えても、特定機関のスペシャリストになる未来は想像していませんでした。
そこで、これまでの職歴も専攻内容も分野横断的なものばかりだったことに思い至ります。
つまり、専門性が欲しいと言いながら特定分野にコミットするということを避けているという側面がある。
結局のところ、国際機関に入って活躍する人々のモチベーションが「この機関でこの課題を解決する」「この成果を持ち帰る」みたいな感じだったのに対して、自分は「国際公務員になる」こと自体が目的になってしまっていた。
世間体が良いから公務員、みたいな思考に近いのかな?と、あまりに浅すぎる志望理由に軽くショックを受けました。
そんな軽い理由のために地方公務員の身分を捨てて大学院留学までしたの?と。
でも、世間体だけ考えることはこれまで散々否定してきている。おそらくもっと別の理由があると思うのです。
だって、ここまで思い至ってもなお、目指すこと自体は辞めていないのだから。
なぜ惹かれるのか
ステータスが欲しい?
国際公務員という響きには確かに憧れがあります。
ときどきリンクトインに国連職員用のパスポートの写真をこれ見よがしにアップする人がいますが、やはりセルフブランディングには最高だと思います。
ただ国際機関へのモチベーションが「ステータスへの憧れ」だけであれば、おそらく他にも手段がある気がするのです。公益をという観点であればキャリア官僚あたりもステータスは高そうですし、収入の高さであれば経営者とか投資家あたりが思い浮かびます。
ではなぜ今でも求人を見てしまうのか、そして応募してしまうのか。
この現象は、これまでの応募傾向を考えれば説明がつけられそうです。
特定の社会課題の専門家であればおそらくその課題に対応した機関に応募すると思いますが、筆者の場合は、それまでの経験やスキルとマッチするかを優先的に考えていました。
採用されるためには当たり前ではあるのですが、手段と目的がチグハグな感じは否めません。
柔軟といえば柔軟ですが、軸がないと言い換えることもできそうです。
海外への憧れ?
では、国際的であることへの憧れなのか。
これも全く違うとは言い切れません。
実際、これまではほとんど日本の機関には応募してきていません。
留学先としてジュネーヴを選んだのも、応募先がジュネーヴやパリなどの主要都市であり、なぜか日本国内を見ていないのも、海外志向が関係しているような気がします。
でも、海外という要素を優先するのであれば、フィールドオフィスに応募することだってあるはずですし、もっと言えば現地採用でも良いかもしれません。
実際国際機関はフィールドオフィスを持っているところが多い(人数的に本部よりも多かったりします)ですし、日本人採用したい海外の日系企業だってそこそこの数あるはずです。わざわざ専門性を磨いてきた優秀な人材がひしめき合うレッドオーシャンを目指す必要はなさそう。
ステータスと海外要素が欲しいなら、マイナーな国を狙うという戦略もあるでしょう。
でも、人材が集中している本部ばかり。
これは「国際機関」を純粋に国際的な場として認識しているからなのかもしれません。
つまり、一つの国家やコミュニティーを超越した存在です。
フィールドオフィスはその国やコミュニティーの影響を強く受けますしその地域の専門家が求められますが、本部はどちらかと言えば全体を統括するという意味で、(ドナー国間のパワーバランスの影響を受けるとしても)比較的自分自身がどこかに染まる必要がない場所と言えるでしょう。
何となく自分の欲求が見えてきたような気がしました。
「どこでもない場所」への憧れ?
国連職員の立場は、かなり独特です。
独自のパスポートが発行されるだけでなく、その国の所得税を免除されていたり、何年住んでも永住権の居住年数にカウントされないこともあります。
身体も生活もそこにあるのに、法的にはそこにいないという「究極の中立状態」。
国際機関自体の中立性と同じです。
確かに、公的な仕事には中立性が強く求められます。
これは筆者の前職が公務員だったので、非常に馴染みのある考え方です。
中立ってある意味自由で、その社会に完全に同化しない代わりに現地コミュニティーの縛りから逃れられるという性質があるんですよね。
国際的に中立が保てること、これがヒントなのかも。
答えは「閉塞感の裏返し」にあるのかもしれない
国際的な中立を実現したいという欲求は、日本社会から距離を取りたいとも言えそうですし、日本社会に限らず「どこかの社会に完全に所属すること」への拒絶反応と言い換えることができそうです。
そういえば、色々なことに関われると思って選んだ公務員という選択肢。
良く行っていた週末弾丸旅行。
それらは文脈から距離を取ったり、一時離れて自由になったり、という共通点がありました。
もしかしたら、どこか一か所に固定されて身動きが取れなくなることへの恐怖に似た感情があるかもしれない。
国際機関はそのような不安を解消できる場所に映っていると言えそうです。
なぜ届かないのか
中立性と専門性
前のセクションで、ある意味生存本能的に国際機関のステータスを欲していた…という一面が明らかになりました。
では、そこまで欲していてもなぜ届かないのか。自分に決定的に欠けているものは何なのか。
原因を一つに絞るのは現実的ではないものの、代表的なものを挙げるならおそらく「専門性」でしょう。
国際機関で生き残ってきた人を思い起こしてみると、それぞれの人が必ず特定の領域に強みを持っていることが分かります(究極のジョブ型社会なので当たり前なのですが)。
筆者もその点は認識しており、そのような世界に挑むべく、公務員として一貫して社会問題や政策に関わってきました。でもそれは、次の異動までの短い期間だけという前提でした。
これは公務員が民間企業に転職しづらい、という言説とおそらく地続きだと思います。
ジョブローテを経て、どうしても政策領域の理解が浅くなってしまうのです。
中立性は国際公務員にも共通する要素でもありますが、決定的な違いが専門性の有無です。
公務員のジョブローテは広範な政策領域への理解と政策領域を一歩引いて見る視点を与えてくれますが、組織の都合が優先するためコントロールするのは至難の業。専門性の積み上げはちゃんと狙わないと難しいと思います。
そんな状況で、筆者はキャリア自律を可能にする要素として、専門性に憧れ(とある種の幻想)を抱いていました。
今振り返ってみれば、社会人留学はその専門性習得の第一歩という位置づけになります。
不可逆性と所属に対する恐怖と憧れ
やっぱり直接触れてみたい。専門性を身に着けたい。という思いは常にありました。
その方がキャリアを自由に選べますし、逆にそうしないとどこかに固定されてしまうかもしれないという恐怖があったから。
シンガポールで自分の専門性を武器に行きたい場所に行ける人生を実現した人にたくさん出会ったことも、この願望を後押ししました。
でも一方で、特定の分野を選ぶとそこしか道が無くなってしまう、という恐怖もありました。
一歩引いて見ることで「まだ選べる」という心の安定を得ていた可能性もありますし、もしかしたら「どこかで運命的に自分の興味の持てる分野に巡り合うかもしれない」なんて淡い期待もあったかもしれません。
専門性に憧れながらも、特定分野を極めるというよりも、中立性や越境可能性を得られる地位をずっと志向していたのではないか、ということに思い至りました。心理的な安全性はそちらの方が高いので。
全体を俯瞰して考えるのが好き、という特性も要因としてあったかもしれません。
一歩引いて見ていたいけれど、専門性も身に着けたい。
今回初めて民間企業にチャレンジして、この矛盾した願望に向き合うことになりました。
専門性はコミットメントの先にある
民間企業に挑戦してみて、やはり両方の願望を一緒に叶えることが不可能であるらしいことが分かりました。
結局のところ、「専門性を身に着ける」ということはコミットメントの先にしかない。
これは留学を経た民間企業で苦しさを味わい、ようやく分かったことです。
これまで満足な専門性が身につかなかった(と自分が考えている結果)のは、今では退路を保ったまま複数の選択肢を確保するようなスタンスにも原因があったように感じられます。
そして年齢に応じた責任や成果が求められる。
こちらの志向とは関係なく、否応なしに人生の時間が流れていくことも思い知らされました。
これまで渇望していた専門性は、更なるコミットメントの先にしかない。
これまで以上に当事者として責任を持って選択し、何かに本気で向き合う覚悟が必要になりそうです。
もちろん、自分に合う領域と働き方で、ね。
まとめに代えて
今回記事を書いてみて、自分が専門性を欲していることを再認識しました。
そして、これまでにその前提となるコミットメントから多少距離を取っていたという事実も。
そりゃ理想的な人物像にはならないよな、と思いました。
正直、自分の考える理想像を十分に言語化することはまだできていません。
でも少なくとも、自分が何を避け、何に憧れていたのかは、少し見えてきた気がしています。
キャリアや人生って、やっぱり難しい。
痛感します。
ただし、過去の選択や生き方を否定することはしたくないと思います。
その時々に応じた合理的な判断の結果が今に繋がっていると思うので。
自分の納得のできる生き方ができるように、一日一日を積み重ねていきたいと思います。
以上です。
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