筆者はシンガポールで駐在員をしていました。
シンガポールは中華系がマジョリティー。街中には中国寺院や中華系の料理屋さんが多く祝祭日にはかなり盛大なイベントが開催されます。
筆者は渡航前からシンガポールの中華系住民の多さを知っていたので、中国語のレベル上げもできるのでは?中国に旅行したときのような体験も味わえるのでは?という淡い期待を抱いていました。
しかしその期待は色々な方向に裏切られ、結局シンガポールの独自性を知ることになったのです。
結論から言うと、シンガポールは語学留学先としてはベストではないと筆者は考えます。
シンガポールに語学留学(特に中国語)を考えている方や、シンガポールにおける中国語の立ち位置や中国語学習に関心のある方の参考になれば幸いです。
なお今回は筆者が思ったことを書いた日記風の回想記事です。内容はとっても薄めです。お時間があればお付き合いください。
シンガポールにおける中国語と中国文化のルーツ
シンガポールのマジョリティーは中華系だが普通話話者とは限らない
繰り返しになりますがシンガポール人はその大多数が中華系。日本人が住んでいても全く浮くことはありません。
しかし以前英語学習の件で記事にした通り、現代シンガポールでは英語が広く通用します(ほぼ全員流暢に話せる)。エンタメも欧米系や最近流行の韓国系が人気で、中国語の歌曲を聴いているのはほとんどが高齢者。
家庭で話される言語も英語の割合が増えており、普通話(いわゆる標準中国語)の運用能力についてはかなり個人差があります。
普通話は読めるけれど書けない&話せない人が若者を中心に結構います。
シンガポールで使用される「中国語」は?
そんな中国語ですが、全く話されていないわけではありません。
ローカルな場所では割と使われていて、ホーカーセンターでの注文や中華系シンガポール人との業務上のやり取りで多少なら使う機会がありました。ほんの数往復、シンプルな表現を使うだけでしたが…。
ただ外国人に対して普通話を使っている人であっても、ローカル同士だと中華系の方言らしき言語で話します。
筆者はいわゆる中国の標準的な中国語(北方寄り)に慣れていたので、シンガポールの中国語が南方の発音であることはすぐに分かりました。あとは広東語のような南方の方言も混じっている。
ホーカーセンターの店名も、どちらかと言うと台湾や香港といった南方で目にする繁体字。
一方で街中の街路表示や政府の刊行物から繁体字ではなく簡体字です。
中華系シンガポール人のルーツは南方
こちらの記事でも少し触れましたが、シンガポール国民の約7割を占める中華系住民の多くは福建省や広東省あたりの中国の南方にルーツを持っています。その前提に立てば、住民の日常会話やお店の看板が南方系中国語になるのは当然のことです。
中華系シンガポール人の文化も北方というより南方系。亀ゼリーを食べるのも糖水文化があるのもやはり南方っぽい。フィッシュボールスープなんてまんま香港です。
でも首相会見や政府の正式発表では、使用言語は普通話、字幕の表記は簡体字。
このちぐはぐさには実は歴史的な理由があります。
シンガポールで普通話が使われる歴史的背景
政治的に統一された「中国語」と追いやられた「方言」
かつてシンガポールでは、中国語の方言を話していた中華系シンガポール人に対して標準的な中国語(普通話)を話すよう啓発する「スピーク・マンダリン・キャンペーン」が行われていました。
1979年に当時の首相であるリー・クアンユーによって開始された同キャンペーンの目的は以下の3点。
Who We Are (languagecouncils.sg), The Promote Mandarin Council
- 中華系シンガポール人の言語環境をシンプルにすること。
- 中華系シンガポール人同士の意思の疎通を簡単にすること。
- 二言語教育政策を後押しすること。
このキャンペーンを受け、中華系シンガポール人は日常生活において方言ではなく普通話を使うことが奨励され、その後全ての中華系シンガポール人が普通語を話し中国文化に親しむことを推進する方針に移っていったようです。
つまり、中華系シンガポール人が互いに普通話で話すようになり、世代が下っていく過程で方言の素地は若い世代から失われて行ったようです。
また二言語教育政策とは言いつつも、やはり英語に比重が置かれるのは当然の流れのようで…。家庭における主要言語は中国語(普通話&方言)から英語に取って代わられました。
普通話は日常言語というより、ルーツを忘れないための「アイデンティティ」のような位置づけみたいです。
若い世代は「英語&方言」か「英語のみ」になった
今でも建国当時からの中華系シンガポール人は家庭で方言を話すようですが、次第に家庭における使用言語は英語にシフトしていき、今の若い世代は日常生活をほぼ全て英語で過ごしています。
2020年の国勢調査によると、人口的には約半数(48.3%)のシンガポール国民が家庭で主に英語を話しており、2010年と比較すると15%近くも増えているのが分かります。それに反比例するように普通話と中国語方言をメインで使用する国民が減っていますね。
個人的には中国語方言話者の割合(9.2%)がタミル語話者の割合(2.5%)よりも多いのが意外でした。
筆者の肌感覚として、方言による意思疎通ができる若者は方言話者が身内にいるパターンがほとんど。
加えて、現代のシンガポールでは普通話を使える(特にハイレベルな読み書きができる)インセンティブがあまりありません。中国人と日常的にやりとりがある場合(ただしシンガポールで稼いでいる中国人は大抵流暢に英語を話します)や中国に強いアイデンティティを抱いている場合は別として、やはり英語が最重要です。
普通話の授業を受けていてもこれだけ普通話が苦手な若い中華系シンガポール人がいるということは、日本人が学校で英語を学んでも実用まで至らないのに近いものを感じます。
つまり、基礎はできたとしても、少しでも複雑な場面では第一言語をつかったほうがてっとり早い。
筆者の知り合った若い中華系シンガポール人にも、普通話が得意!というタイプはあまりいなかったように思います。多くの場合、普通話は話せるし意味も分かるが漢字までは書けなかったり、普通話が苦手なケースでした。
聴く音楽にしても、中華系シンガポール人の若者は欧米のものが大半。他国の中華系住民(中華ポップスをよく聴く)とは一線を画しています。
外国人も多いからか、彼らの価値観は欧米的なものと中国的なもの、シンガポールとしての国家的なアイデンティティが混ざっている感じを受けました。
増える中国人移民
英語を第一言語として使う中華系シンガポール人が増えていく一方、シンガポールに移民する中国人は英語を話さない場合も多いようで…
非中華系を含む複数のシンガポール人から、「彼らは失礼で、中国のやり方をそのままシンガポールに持ち込もうとしている。ここは中国ではないのだから、彼らも英語を学ぶべきではないか」という旨の発言を何度か聞きました。
最近でも中国からの移民はかなり多いようなので、そういった移民が今後シンガポール社会にどのような影響を与えていくのか注目です。
程よい中華圏シンガポール?
中国っぽいけれど別の世界
かつてのシンガポールではすべての地域においてもっと中国色が強かったようですが、今はいわゆるチャイナタウンを除きチャイナカラーは若干弱め。
また街中の奇抜なビルは風水の考え方に基づいて設計されているようですが、香港ほどは主張がない気がします。言われないと分からないレベル。
食べ物面では、中華系のデザート屋さんや中国系中華料理(いわゆるガチ中華)のお店は沢山あるものの、基本的に垢抜けた雰囲気であったり、欧米料理とフュージョンしていたり。北京とか上海で見たような料理とはまた違った感じ。
つまり、筆者の抱いていた中国的なイメージや中国語学習のメリットは、正直全く感じられませんでした。
ステレオタイプ中国を再現している横浜中華街のほうがよっぽど中国っぽいかも。
中国系の移民は増えてはいるのですが、日本人が普通に旅行や生活をしていて出会うことはあまりありません。
シンガポールはいいとこどり
割と早々にシンガポールに対する中国方面の期待は打ち砕かれたわけですが、悪いことばかりでもありません。中国の食事や衛生面、マナーなどの関係で中華圏への留学を躊躇している人にとってはだいぶハードルが低くなるのも確かです。
グルメ方面
若干のコスパの悪さに目をつぶれば、清潔な環境で本場の中華料理や中華デザートを気軽に食べられる環境にいることに気づいたのです。シンガポールでも汚いところはありますが、大陸中国と比較すると相当マシなレベル。
清潔なトイレにすぐにアクセスできる環境は本当に大きいです。
グルメレビューを作ってしまったくらい楽しみました。
文化方面
筆者は武侠小説ファンなのですが、金庸作品の英語版ペーパーバックはシンガポールで初めて見ました。
中国では中国語版のみ、日本では日本語版のみという感じだったので、英語版を見つけたときはちょっと感動。
このように、中国語原作の文芸作品の英訳版が見つかるのもシンガポールならではのメリット。
まとめに代えて:シンガポールに語学留学するのはどうなのか
語学留学先としてのシンガポールはどうなのか
シンガポールに赴任したり、留学したりして中国語を習得したい!という方もいらっしゃるかもしれませんが、結論から申し上げますと、その目的において、筆者は心からシンガポールをおすすめすることはできません…。
語学学校で専門的に学ぶ場合は良いと思うのですが、語学学校にちょっとだけ通ってシンガポール人との交流を通じて外国語(英語・中国語)を学ぶスタイルだと、シンガポール発音の英語と英語混じりの中国語が身についてしまいそうな気がします。
語学学校にかかる料金や生活コストも中国に留学するよりかなり高いので、大陸で中国語を使って仕事をしたい!のような目標を持っている人だとシンガポールは色々な意味で遠回りになるかも。
シンガポールから見える中国語の世界
筆者が思うに、シンガポールの真価はやはり語学学習の先にあります。
単純に観光を楽しむことももちろんできますが、金融・IT・ビジネス系のスゴイ人たちとつながりを作ったり、独特な政治体制やルールに触れられたり、アジアトップクラス高い学術レベルを感じられたり…と、得られるメリットは計り知れません。
ただシンガポールの中華系コミュニティーに入るには中国語よりも英語の優先度が高くなるのが現実。(英語はできて当たり前で中国語が話せるとちょっと親近感を持ってもらえる程度の感覚です)
幸いシンガポールはノンネイティブの外国語に優しいので、外国語のトレーニングには向かない場合でもコミュニケーションには最高の環境です。
中国語を頑張って使うと褒めてくれる人も多い(ただし年長の中国語話者が中心)ので、モチベーションアップにも繋がります。余裕があればそこから中国留学に繋げたり、仕事をしながら中国語を使う環境をゲットするために行動するという選択肢があるのもシンガポールの良さ。
以上です。
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