シンガポール、スイス、フランスと3ヵ国に住んでからリサーチのために久々に戻った母国・日本。人生では海外に住んだ期間のほうがずっと短いのに、何だか新鮮に感じます。
慣れ親しんだ風景や生活スタイルをなぞるのはとても落ち着く一方で、海外生活をある程度経験したことから来る違和感があるのも事実。
これがいわゆる逆カルチャーショック状態でしょうか。
この記事では、しばらく日本で生活する過程で遭遇した「海外にはおそらく存在しないであろう、日本のおかしなところ」について言語化して考えてみたいと思います。
この記事とは逆に日本の「凄いところ」についても考えてみました。

入国者全員が行う税関手続き
日本上陸前にまず抱いた違和感が、日本に到着する航空機内で流される検疫関係のアナウンス。
日本を訪れる人が無許可で動植物を持ち込まないようにするという意図は凄く分かりますが、他の国では聞いたことがないので不思議な感じ。
また入国時に紙の税関申告書(携帯品・別送品申告書)を書く必要があるのも筆者の知る限り日本だけ。Visit Japan Webを使えばオンライン申請も可能ですが、記入内容が膨大なため時間がかかりますし、アプリにも対応していないのが不便。
もちろん入国時に何らかのデータ提出を求める国はあり、例えばシンガポールの場合も事前に提出が必要ですが、申告が必要なのはパスポート情報や滞在先情報といった基本的な項目だけなので、記入にそこまで時間は掛かりませんし、アプリも利用可能なので非常に便利。さらに日本国籍保有者の場合は自動化ゲートを利用できるので入国時もスムーズです。
一方日本の場合、Visit Japan Webを使ったとしても申告内容のチェックがあるので結局QRコードを表示するという手間は変わらず、ゲートを出るまでに多少時間がかかります。これもマイナス。
税関申告関係で言えば、日本では申告する物品がある場合もない場合も全員がブースを通過することになりますが、海外はランダムにスクリーニングを行うだけなのでどこかに寄る必要はありません。
日本は観光立国を謳っているのにも関わらずこんな非効率をいつまで残すんでしょうか。
稚拙なテレビ番組
ヨーロッパでは全くテレビを観ない生活でしたが、日本では両親の生活スタイルに合わせてテレビを観る生活になりました。
最初は久しぶりに日本語のシャワーを浴びる感じで面白いと思っていましたが、内容は全て似たり寄ったりですし、同じニュース(注目の事件と特定のスポーツ選手が中心)を朝昼晩全ての時間帯で延々と流しているので、次第にウンザリしてきました。
さっきまで真面目なニュースを流していたと思ったら芸能人が参加する本筋と関係のない謎のクイズやゲームが挟まってくるのは意味が分かりません。
さらにテロップを作って一枚ずつめくったり、そこまで複雑な話ではないのに手作りの模型を作ったり、そこまでしなくても…と思ってしまう謎の労力の掛け方が多いのも気に掛かりますし、内容と関係のない派手なサウンドエフェクトもまるで児童向け番組のようで違和感が残ります。
時間をかけて同じトピックを扱う一方、他国で盛んに報道されている国際的な重要トピックが日本ではなぜか報道されていなかったりしますし、そもそも政治経済関係のニュースが極端に少ないのも謎。

中国や北朝鮮といった日本を巡る国際関係の話題は、今のご時世非常に重要だと思うのですが…
もっとも重要な社会問題について報じることがあっても、専門知識を持たないタレントや芸人が全く的外れな発言をしていたりします。報道番組として成り立たせるのであればむしろ専門家による解説があってしかるべきですが、ほぼないですね。まともに報道するつもりがないのかもしれません。
放送時間に比べて情報量が非常に少なく、内容が非常に稚拙になっていると感じます。
自称「専門家」が多すぎる
もうひとつ気になるのが、不思議な肩書きの専門家が結構いること。
ニッチ分野に詳しいのは結構なことですが、その専門分野を証明するような第三者機関による認定や学位があるかと言うと、そうでもありません。つまりただの自称ということになります。
テレビは今でも非常に影響力を持っている(特に対高齢者)ので、裏付けのある情報を流してもらいたいものですが…そのあたり見た目を非常に重視する日本といった感じ。
テレビ局側でもその手の専門知識を持った分野が少なくて選別ができないのかもしれません。
学校教育に対する信頼度が低い日本の現状をひしひしと感じます。
異常に多い年齢表記
またテレビを見ているとやたらと年齢表記がされているのを見かけます。
世代差にフォーカスする番組であればまだ分かる気がしますが、日本では年齢が直接関係しないような場面でもなぜか表記されていることが多いのが特徴的です。
さすがに前時代的なハラスメントはほぼなくなっているようでその点には少し安心しましたが、年齢によるラベリングは健在なようです…。海外では必要がない限り年齢は表記はしないのが常識のような。出演者の年齢自体気にしたことが無かったので、気になりませんでした。
ところで70年代や80年代の音楽を流すような中高年向けの番組が非常に多い気がしますね。若者がテレビをほぼ見なくなったからでしょうか。
テレビ番組が全体的に高齢化しているのをひしひしと感じます。
転職関連のCMが溢れている
さらに以前と比較してかなりのバリエーションの転職サイトやエージェントのCMが目に入るようになりました。
筆者が新卒就職活動を行っていたときを振り返ってみると、転職はまだ一般的ではなかったですし35歳限界説も当然のように語られていました。隔世の感があります。
ただ転職に最適な環境が整っているのかと言うと微妙。終身雇用はまだ本格的に崩壊したような兆候はありませんし、新卒一括採用も相変わらず続いているようなので、優秀な人材の転職先になるような良い空きポジションは(流動性の高い欧米と比較して)非常に少ないのでは?と思ってしまいます。
そこまで良質の求人が多いなら、ブラック企業の存在が前提になる退職代行が話題に上ることもないのではとも思います…。
さらに中途採用はプロパー社員と異なる取り扱いをされるという話も未だにあるくらいですし、転勤を含む強制的なローテーションを行う大企業もまだまだあるはず。日本の労働環境はそこまで劇的には改善していないのに転職関連のCMをここまで頻繁に打つのは解せません。
転職エージェントって相当儲かるんだろうな…という感想を持ちました。
初任給30万円時代が来ていた
時期的なものかもしれませんが、人手不足を受けて新卒の初任給が上がっているという話題がありましたし、翻って就職氷河期時代の待遇にも注目が集まっているようです。
日本の賃金が上がるのは一見喜ばしいことかもしれませんが、スキルも職業経験もない若者が高給を得るのは、給料がスキルや成果に紐づくと考えるとやっぱり歪んでいます。なかには新卒と中堅の給料が逆転しているケースもあるようなので、ますます意味が分かりません。
そんな会社ではスキルがあっても年齢で買い叩かれるのが目に見えているので絶対に働きたくないですね。
まさに「生まれ年ガチャ」を地で行くような状況になっているので、生まれ年が違っただけで辛酸をなめることになった就職氷河期の人々が憤るのも分かります。
ただもし高い初任給で雇われたとしても、メンバーシップ型雇用を基準にする会社であれば(中堅から若手に資源を配分するので)いずれ給料は昇給カーブがかなり緩くなるか昇給自体が頭打ちになる可能性が高いでしょうし、ジョブ型雇用に移行するのであればノースキルで入社している以上今後個人のスキルレベルに応じて降格や解雇もあり得るので、いずれ歪んだ労働市場のしわ寄せを新卒か会社が引き受けることになりそうです。
法律よりも強い「空気」
日本に戻ってきて、法律で規定されていないにも関わらず人を縛る「要請」「お願い」に久々に遭遇しました。
海外は「法律で禁止されていること以外は自由にやって良い」「他人の言動には特段注意を払わない」社会なので、明確に規定されていないことに従うべきとは全く考えていませんでしたが、もう法律で義務化していないこと(マスク着用とか)を同調圧力で強要しようとする場面に遭遇してビックリ。
「お願い」ベースなので従わないのは個人の自由のはずなのに、多数派に従わなくてはいけない空気感を醸し出して従うよう強制するのは本当に厄介で、日本って法治国家じゃないの?と思ってしまいます。



テレビで街頭インタビューが異様に多いのも同根だと思っています。
一方で職場をはじめとするコミュニティーのローカルルールも非常に多く、しばしば法律より重要視されがち。
公共の場所に大量にある注意書きにはちょっとした恐怖を覚えます。ここまで文字が大量にある環境は久しぶりなので、同時に強烈な違和感を覚えました。
自分が日本で働いていたときに飲み会の席での振る舞いや職場の謎ルール(病休が使えない、有給休暇取得に異様に調整が必要になるなど)にかなり気を遣っていたことを色々と思い出しました。
以上のことはすべて日本独特の「空気」が成せるワザ。その「空気」が明文化された法律などのルールよりも強い絶対的な力を持つメカニズムについては、こちらの本の内容が詳しいです。
海外にも同調圧力はありますが、日本の同調圧力を日本人として体感するのは久しぶりでした。
食品ロスを生む伝統行事
日本には商業化されたイベントが非常に多いと感じます。クリスマスやハロウィンは定着した感じがありますが、恵方巻きはかなり最近聞くようになった伝統行事?ですが、テレビの宣伝やらお店の予約販売やら相当力を入れていることが伺えます。
もちろん海外でもお祝い事は沢山あり、シンガポールやヨーロッパにも色々な宗教や季節の行事がありますが、日本のクリスマスやハロウィンのように自分が信仰しない宗教の行事を祝うことはありませんし、イベントに興味のない人にとやかく言うようなこともありません。
大抵は小さい頃から祝っている行事を大人になっても祝うような感覚で、伝統行事が輸入されるような事象はあまり聞きません。
経済活動がそれで大いに盛り上がるのであればそれも良いですが、恵方巻きはあまり定着していないような気がします。おまけに売れ残った恵方巻きが大量に廃棄されている映像はなかなかにショッキングでしたし、米不足が深刻な状況だということも知っていたので、廃棄するほどの米があることを知ってその意味でもビックリ。
食料自給率も他の先進国と比較して高いわけではないですし、文化的に食べ物を粗末にしないという習慣が染みついているはずなのに…。
セントラルヒーティングがない
ヨーロッパに住んでいると、建物単位のヒーティングシステムが当たり前。風呂場が寒いなんてことはありません。
日本の冬は非常に寒いのに同じようなシステムがないのは非常に不便。ヒートショックで亡くなる人が一定数いるのに、そのあたりはなかなか進まないんですね…。天災があるからでしょうか。
エネルギーにかかる費用の問題は政府の責任であるという側面もありますが、自己責任にしているような感じを覚えます。
ハラスメントが多い
サービスは客を選べない?
公共施設やサービスで注意書きが非常に多い原因の一つがクレーム対応。
最近ようやくカスタマーハラスメントが話題に上るようになってきましたが、未だにクレームには理不尽なものであっても対応しなければならないという風潮があるので、注意書きを書いたり放送したりするための不要なコストがかかったり、精神的な労働が増えてその業界で働く人々が精神的に摩耗するという結果になってしまいます。
正当なクレームはある程度参考にすべきですが、理不尽なクレームからは企業が従業員を守る必要がありますが、なかなかそうなっていないようです。



電車が数分遅れただけで謝ったり…。社会全体がギスギスしている感じが強いです。
企業組織が労働者を守るのは当然にこととして、消費者としても、高い品質やレベルの高いサービスには高いお金を払うのは当たり前ですし、お金を払いたくないのであればある程度のレベルの品質やサービスしか期待できないという現実をいい加減受け入れるべきです。
人権侵害が放置されている
メディアで問題になるほどパワーハラスメントやセクシャルハラスメントが未だにある日本。テレビで報道されている芸能界の性的加害問題にしても、法律ではなくモラルで裁かれるのが日本の特徴ではないかと感じました。
労働者の権利は本来なら法律で守られるはずですが、結局パワーバランスが歪なため、被害者が泣き寝入りをしなければならなくなることが多いように思います。
高齢の男性(メイン)+若い女性(サブ)という構図が未だにあるのも日本ならでは。女性の「可愛さ」を押し出すような表現方法は海外ではなかなか見ません。
ヨーロッパは言わずもがな、シンガポールのcnaでも女性がメインになっているのが当たり前です。
さらにジェンダーやアイデンティティに直結するような法整備(選択的夫婦別姓や性的少数者に対する差別を禁止するような法律)が全く進まないのも全く持って謎。生まれ持った属性を基に差別や不利益が生まれるのは社会が是正すべき理不尽ですが、日本は「社会を維持するためには犠牲は当たり前」という認識みたい。
それ以外にも、強制転勤や異動のように、組織の都合で家族関係を破綻させるようなシステムが未だに機能している日本企業がまだまだあるのも問題です。
まとめ
日本に一時帰国で少し滞在するだけでも、この国が他国と比較してかなり異質だと感じられる点がいくつも見つかりました。
全て純粋に悪いことや非効率かというと必ず良い面がセットになっているものなので一概には言えませんが、サービスの受け手でもこれだけのことを考えるので、供給する側にいる人々はもっと色々なことを思っているかもしれません。
改めて考えると不思議な点が多すぎて、研究対象としては非常に興味深いなというのが正直な感想です。



あれこれ分析したくなるのはリサーチのための一時帰国という状況にも原因があるかも。
ただ今はどうしても違和感に頭が持っていかれがちなので、もっと慣れてから良い部分についても言及していきたいですね。
以上です。
コメント