筆者は現在スイス・ジュネーブにある国際・開発研究大学院(IHEID)に留学中です。
IHEIDは主要なランキングに参加していないため日本ではあまり知られていませんが、これまでに国連職員(事務総長を含む)や各国の外務大臣・外交官といった国際関係に携わる人材を多数輩出してきた教育機関。国際関係学の権威としてその道では大変有名で、国際的なキャリアを目指す学生が多く学んでいます。
この記事では、そんなIHEIDについて簡単に紹介したいと思います。大学院留学の出願先の参考にしていただければ幸いです。
大陸ヨーロッパで国際関係学・国際法・開発学を勉強したい人、将来国連・国際機関・国際NGOといった業界を目指す人は要チェックの大学院です!
IHEIDの概要
国際連盟にルーツを持つ、国際関係・開発学に強みを持つ大学院
IHEIDは1927年に当時の国際連盟(本部:ジュネーブ)の外交官と学者によって国際機関で働く人材を育成するために設立された教育機関であるHEI(Graduate Institute of International Studies;国際関係高等研究所)と、1961年に設立されたアフリカ向けの教育機関the Geneva Centre for the Training of African Managersを前身として1977年に設立された開発学に特化した教育機関であるIUED(the Graduate Institute of Development Studies;開発学高等研究所)の2つのルーツを持つ教育機関。2008年にHEIがIUEDを吸収し、IHEIDとなりました。
IHEIDはヨーロッパ大陸でもっとも古い国際関係に特化した教育機関として、国際関係の学問分野(政治学、国際関係論、国際法、国際経済、国際政治史、人類学など)と開発学に強みを持っています。
使用言語は国際連盟の慣例に習い英語とフランス語のバイリンガル。授業はほぼ全て英語で行われるものの、フランス語も一定程度身につけることが求められます(フランス語が規定のレベルに達していない新入生にはフランス語のクラス分け試験と引き続くフランス語の授業の参加が義務付けられる)。
設置課程は大学院(修士課程・博士課程)のみで、学部課程は正規では設置されていません。
学生は約9割が留学生で、非常に国際的な環境です。半面スイス人にとっては入学がかなり難しい大学院といえるでしょう。
呼称について
IHEIDはフランス語の正式名称Institut de hautes études internationales et du développementの頭文字を取った名称です。英語での正式名称はGraduate Institute of International and Development Studies。
他にGeneva Graduate Institute(公式ウェブサイト)、単にInstituteとも呼ばれることもあります。
日本ではジュネーブ国際・開発研究大学院もしくは国際・開発高等研究所と呼ばれることが多いようです。
学費はアメリカ・イギリスと比較すると安め
留学生の学費は年間8,000CHFで、2024年1月のレートだと135万円ほど。アメリカやイギリスだと年間500万円以上するところも多いため、そういった国々と比較すると比較的安価と言えるのではないでしょうか。
なお修士課程の場合、入学申請時に奨学金(授業料の減免)を同時に申請できます。この奨学金は特段経済状況を明らかにする必要はないので、申し込んでおいて損はありません。大学院側の説明だと奨学金の申請有無は入学許可の判断には関係ないとのことです(公式ウェブサイトに記載あり)。
併願先はどんな感じ?(筆者調べ)
国際関係・開発学・社会科学系の学問に強い大学院だけあって、その分野のヨーロッパのトップ校LSE(イギリス)やSciences Po(フランス)、アジアのトップ校NUS(シンガポール)を受験している人が多い印象です。
IHEIDのプログラム(修士課程・博士課程)
IHEIDの修士課程は2年制で、選択したテーマを中心に関連する学問分野を広く学ぶInterdisciplinary Master Programmeと、特定の学問分野を深く学ぶDisciplinary Master Programmesに分かれています。
IHEIDの博士課程は4年制で、2024年1月現在6つのプログラムが開講しています。
それぞれ対応するプログラムは以下のとおり。
Interdisciplinary Master Programme(修士課程)
- Master in International and Development Studies (MINT)
Disciplinary Master Programmes(修士課程)
- Master in Anthropology and Sociology
- Master in International Economics
- Master in International History and Politics
- Master in International Law
- Master in International Relations/Political Science
PhD programmes(博士課程)
- PhD in Anthropology and Sociology
- PhD in International Economics
- PhD in Development Economics
- PhD in International History and Politics
- PhD in International Law
- PhD in International Relations/Political Science
上記の他にも、パートナー教育機関の学士号とIHEIDの修士号が計5年で取得できるプログラムや、パートナー教育機関との共同学位・ダブルディグリーといったプログラムも提供しています。
また修士課程の場合、成績をはじめとする各種要件を満たせば世界中に散らばるパートナー教育機関への交換留学の機会が得られます。
ここでは修士課程に絞って簡単にご紹介します。
Master in International and Development Studies (MINT)
変化する国際問題に対応しうる新世代の人材を育成することを掲げ、国際・開発学とそれに関連する学問分野を広く学べるよう設計されたプログラム。以下の7つからテーマを選択し、専門性を高めていきます。
- Conflict, Peace and Security
- Environment and Sustainability
- Gender, Race and Diversity
- Human Rights and Humanitarianism
- Mobilities, Migrations and Boundaries
- Sustainable Trade and Finance
- Global Health
実際にMINTの学生に話を聞いたところ、主要なテーマは選ぶ必要があるものの設置科目の選択自由度は比較的高く、個々人の興味に応じて科目を組み合わせることが可能なようです。プログラム自体の定員が多いので、大教室での授業が多め。
リーディング量や課題の量については、後述のDisciplinary Master Programmeと比較すると控えめな印象です。
Disciplinary Master Programmes
特定の学問分野を突き詰めて専門性を身につけるプログラム。一部の学問分野が複数にまたがるプログラムでは、Interdisciplinaryの要素もあります。現在5つのプログラムが開講中。
Disciplinary Master Programmeの特徴は何と言っても定員を少なく抑えていること。それぞれのプログラムの定員は多くても30~40名程度です。人数が少ないので教授へのアクセスが容易な点がメリット。
リーディング量や課題の量はかなり多くてハイレベル。設置科目はディスカッション主体になる傾向があります。
なお授業はMINTを含めた他学科の設置科目からも選択可能で、該当するDisciplinary Master Programmeの教授が開講している授業であれば他学科の授業も要卒単位に算入できる場合があります。
修士課程の要卒単位と成績評価制度
IHEID修士課程の要卒単位は120ECTS
IHEIDの修士課程を卒業する(学位を得る)ためには、2年間(4セメスター)で120ECTSに相当する単位を取得する必要があります。この条件はInterdisciplinary Master ProgrammeとDisciplinary Master Programmesで共通で、うち30ECTSは修士論文に充てられているため、授業を通じて取得すべき単位は90ECTSということになります。
2年間均等のペースで単位を取っていくとすると、1セメスターあたり30ECTS分の授業を取ることになります。1科目あたりの単位数は6ECTSが多い(一部12ECTSの科目や3ECTSの科目もある)ので、1セメスターで取る授業数としては5つが目安です。
なお国際機関におけるインターンシップなど授業で取得した単位と同等の価値が認められる(一定の単位が取得できる)課外活動もあるので、その場合は計算が変わります。なお課外活動を単位として算入できるのは一度だけ。
交換留学に必要な成績はGPA5.0以上(第1セメスター)、必要な単位は60ECTS
修士課程の学生は、第3セメスターで提携教育機関に交換留学ができる制度が用意されています。交換留学の資格を得るためには第1セメスターで30ECTSを取得しかつGPA5.0(後述)を達成する必要があります。
その後第2セメスターとの合計で60ECTSを取得し、提携先の教育機関から正式に受入許可が下りれば晴れて交換留学に行くことができます。
交換留学の選考にあたっては、該当の国・地域での滞在経験のない学生が優先されます。
もし既に交換留学を希望する教育機関が立地する国・地域の滞在経験がある場合、希望者の人数によっては相対的に選ばれる確率が下がるので注意。
例えば日本で生まれ育った日本人学生がIHEIDの学生として日本の提携教育機関(早稲田大学や上智大学)で交換留学をするのはちょっと厳しいかも、ということになります。
スイスの成績評価制度は6点満点
スイスの教育機関では一般的に1.00点から6.00点までの評点で成績を測ります。満点は6.0点で、0.25点刻みのことが多いようです。IHEIDも0.25点刻みで成績が出ます。
IHEIDの場合、4.0点以上が取れれば該当の授業で単位が取得できます。
それぞれの評点に対応する評価は以下のとおりです。
評点 | 評価 | 解説 |
---|---|---|
6.0 | Excellent | |
5.5 | Very good | |
5 | Good | 交換留学の足切りスコア(IHEID) |
4.75 | – | スイス人の友人いわく、ここから上が「かなり良い成績」に分類 |
4.5 | Satisfactory | |
4 | Sufficient | 単位認定の足切りスコア(IHEID)。これを下回ると「落第点」 |
3.5 | Insufficient | |
3.0 | Poor | |
1 ~ 2.5 | Very Poor |
どんな学生が勉強しているの?
修士課程は比較的若い学生が多い
一定の職業経験を要求する一部のダブルディグリーやExecutive educationといったプログラムを除けば、修士課程は学部新卒の20代前半から数年職業経験を積んだ20代後半の学生が多い印象。30代は一定数いますが多くはありません(Disciplinary Masterの場合は学科につき2~3名くらい)。
ただしヨーロッパだからか?年齢の違いを気にする人自体が少ないので、30代後半でも全然馴染めています。
留学生が非常に多い。国籍もバラエティー豊か
前述のとおり、IHEIDは全学生のうちほぼ9割を留学生が占める非常に国際的な環境。
プログラムや年度によってばらつきはあると思いますが、ジュネーブで過ごしていると、本当に様々な国籍の学生が一緒に勉強しているのだなと実感するタイミングが頻繁にあります。
アジア、中東・北アフリカ、アフリカといった出身地域に対応する学生団体もあり、それぞれが学術イベントや交流会といったさまざまな活動を行っています。その地域にゆかりが無くても興味があれば受け入れてくれるので、気になる団体に気軽に参加してみるのも楽しいです。
また母国語が英語ではない学生が大半なので、こちらの英語が拙くても教授も学生も一生懸命に耳を傾けてくれますし、学生間での差別行動や差別発言といった類のことも今のところ全く聞きません。
国際経験が豊富な学生が多い
学生のバックグラウンドも多種多様で、母国以外で暮らしたり働いた経験があったり、既に留学をしたことがあるなど何らかの国際経験を有している場合が多い印象です。親が外交官、といったケースも結構耳にします。
授業ではそのようなバックグラウンドが垣間見える発言が多く聞かれるので、それだけでも非常に興味深く勉強になります。(ちょっと羨ましいな、と思ってしまうこともよくあります。笑)
母国語・英語・フランス語以外の複数言語を操る学生が非常に多い点も特徴的です。
大学の施設・設備はどんな感じ?
Maison de la Paix(メイン棟)
通常授業が行われるのはMaison de la Paixという建物(2013年落成)。全面ガラス張りの外観が非常に近代的な建築で、各フロアは花びらが連なったような独特の形をしています。
Genève-Sécheron駅に近く、線路脇の立地のため電車が良く見えます。
設備の整ったオシャレで近代的な建築ですが、傾斜のある場所に建っているため、1階のはずなのに地下に見えたり地上階のはずなのに3階だったりと、階数のカウントがやや複雑なのが若干使い勝手が悪いです。
Kathryn and Shelby Cullom Davis Library(図書館)
併設の図書館Kathryn and Shelby Cullom Davis Libraryは、設置プログラムに関連する膨大な蔵書を収めた2フロアにわたる知の宝庫。図書の他、映像資料やオンラインの資料も充実しています。
学生の学習スペースや打ち合わせスペースも備えており、上階が複数人で勉強できるテーブル席、下階が個別の学習机とバブルと呼ばれる打ち合わせスペースで構成されています。試験期間中は特に混雑し、空席を見つけるのが困難なほど。
スイス国内の学術図書館とネットワークを形成しており、所蔵のない資料をスイス国内の他の図書館から取り寄せることが可能なほか、司書さんに調べものを手伝ってもらうこともできます。非常に心強い存在。
新入生向けのライブラリーツアーも行われているので、そちらに参加すると効率の良い図書館の使い方を学ぶことができます。また他にも学術資料の利用法に関するセミナーが色々と開催されています。
カフェテリア
いわゆる学食。メニューは日替わりで、本日の料理(Plat du jour)・各国料理(Plat Ethnique)・学生メニュー(Plat étudiant)・ベジタリアンブッフェ(Buffet Vegétarien)・ヴィーガンブッフェ(Buffet Vegan)から選べます。
本日の料理と各国料理には野菜ブッフェが付いてきます。
学生カードを使うと学生料金が適用されるので、一般向け(通常価格)よりも安く食べられます。(通常価格は20フランくらいする)
学生料金の場合、学生メニューは大体6フラン、本日の料理は12フラン程度に設定されていることが多いです。
学生寮
住居費が非常に高かったり、空室が見つけづらかったりとジュネーブの住宅事情はあまり良くありません。そのため、実家が近い学生以外は学生寮に入居するのが普通。
大学院が保有する学生寮はGrand Morillon Student ResidenceとEdgar and Danièle de Picciotto Student Residenceの2か所あり、それぞれに特色があります。
Grand Morillon Student Residenceは2021年に完成した比較的新しい学生寮で、設計はかの有名な隈研吾氏。設備は基本的に最新鋭で非常に清潔。キャパシティーもかなり多いです。学習スペース・ショップ・コインランドリー・ジム施設など生活に必要な施設が一通りそろっており、屋上のテラスからはレマン湖やスイスの雄大な山々を見渡すことができます。ジュネーブの中心街や大学院から少し遠いのが難点ですが、反面空港やフランス領へのアクセスはバス一本で非常に便利です。
一方のEdgar and Danièle de Picciotto Student Residenceは2012年築で若干年季が入っているものの、大学院から非常に近い好立地なので、正直Grand Morillon Student Residenceよりも人気がある印象。コインランドリーやジム施設はこちらにもあります。テラスが付いている点も日差しの弱いヨーロッパでは人気の理由のようです。そのためGrand Morillon Student Residenceよりも入居申請の競争率が高いです。こちらは1階に共同スペースがあり、よく学生団体がイベントを開催しています。
部屋のタイプとしては個室タイプ(キッチンあり・なし)やバストイレ共同のドミトリータイプなど学生の予算や家族構成により複数の住居タイプが用意されています。いずれの場合も水道・光熱費・通信費(wifi)・定期的なクリーニング費用・リネン交換が家賃に含まれています。
なお具体的に何階の部屋が割り振られるか…ですが、入居申請時には家賃に応じて大体の階層を選択できる(例えば地階~2階はいくら、といった具合。上階ほど家賃が高くなる)ものの、最終的に何階の部屋が割り振られるかは施設担当者が決定するので入居するまで分かりません。
それぞれの学生寮に関する詳細はこちらの記事でご紹介しています。
その他
学生団体のイベントは多彩
前述のとおり、IHEIDでは学生団体の活動が非常に活発です。
団体ごとに特色は異なりますが、例えばカラオケ大会やヨガ教室のようなストレス発散系のイベントから、語学教室(例えば中東・北アフリカ学生の団体はアラビア語講座を不定期に開催しています)、同じ学科の先輩と後輩の交流を促すメンターシステムの運営、IHEID構内やジュネーブ市街地の歴史ツアーなど、学生生活を快適に・楽しくするための活動が多く行われています。
勉強が忙しいので時間を取るのは厳しいですが、生活にハリが出たり将来の人脈に繋がったりするので、出来る範囲でちょくちょく顔を出しておくと良いかも。
キャリア系イベント・機会も多彩
IHEIDはキャリアプランが明確な学生が多いので、国連・国際機関・国際NGOを中心としたキャリア系のイベントも充実しています。
例えばジュネーブに本部を置く国際NGOが一堂に会するイベントや、IHEIDの学生を採用したい国際コンサルの説明会などがあるのほか、授業で国連や国際機関を訪問したり、職員から直接話を聞いたりと、採用情報を直接聞いたりコネクションを作ったりする機会が豊富に用意されています。
授業予定や各種サービスはアプリから確認が可能
IHEIDはPocket IHEIDというアプリをリリースしており、授業の予定やカフェテリアのメニュー、図書館の打ち合わせスペースの予約など学生生活に必要な情報が全て入手できるようになっています。
IHEIDの学生でなくても利用可能な機能はあるので、一度いじってみるのも面白いかもしれません。
まとめ
この記事ではIHEIDについて簡単にご紹介しました。
まだ最初のセメスターを終えたばかりでまだ分かっていないことも多いので、他に何か発見があれば随時更新していきたいと思います。
第1セメスターの振り返り記事を書きました。Disciplinary Programmeについても説明しているので、興味があれば。
以上です。
コメント