これまでちょくちょく訪問していた香港で見かけて、何となく気になっていた光景。
それが、街中でシートを広げて談笑する外国人労働者でした。
食事を持ち寄って楽しそうに談笑する姿は、さながらピクニックのよう。
平日には何もない通路が週末にだけ集会所になる様は、見慣れていないと一種異様に感じます。
今回台北で似た光景を見たことでふと香港を思い出すと同時に、シンガポールでも同じような光景を目にしていたことに思い至りました。そして、シンガポール・香港・台北でそれらに微妙な違いがあることにも気づきました。
この記事では、この「外国人労働者の週末ピクニック」について、都市や国ごとの比較を交えつつ「なぜこのような現象が見られるのか」「なぜ地域によっては全く見られないのか」を経験則から考察しつつまとめてみました。
あくまで主観に基づく考察なので、その点はご理解ください。
週末になると集まる外国人労働者
まず、改めてそれぞれの国・地域で見た外国人労働者が週末に集まっていた光景をまとめてみたいと思います。
シンガポールの場合
シンガポールの場合は公共の場での集会が制限されているからか、特定のエリアでのみ外国人労働者の集会を見ることがありました。
まず最初にナショナル・ギャラリー・シンガポールの脇の歩道。こちらはミャンマー人が多く集まるペニンシュラ・プラザの目と鼻の先にあり、タナカ(顔などに塗る白いクリーム)を顔に塗っている人もちらほら見られることから、ミャンマーからの労働者が多いように思われます。
またシンガポールの銀座と言われることもあるオーチャード地区に位置しているラッキープラザにはフィリピン系のお店が多く入居しており、休日になると周辺の階段にはフィリピン人と思われる人々が多く腰を下ろしています。
シンガポール国内には他にも外国人労働者が集まる場所があり、フォート・カニング・パークのような公園も人気の様子。筆者の知識ではどの国から来た人が多いとは言い切れませんが、探せば他にもそういう場所がありそう。
なおピクニック状態とは異なるものの、国内には他にも外国人労働者が集まるエリアがあり、いわゆる肉体労働に従事する人々は北端のプンゴル地区をはじめとする郊外のドミトリー周辺で見かけることがあります。ただ中心部で集まっている光景は見られません。
ピクニックをして交流している人々には女性が多く、男性はちらほら見かける程度だった記憶があります。
香港の場合
香港の場合はもっと広範囲で、こちらも週末に歩道橋の上や下の雨風の凌げる場所を中心にピクニックが行われています。かなり小さなすき間でも身を寄せ合うように集まっている光景を見ることもあります。
シンガポールと比較したときに感じた違いは、人数が圧倒的に多く、ビニールシートを敷いている面積も割と大きいこと。ヒジャブを着けた女性も多いのでムスリムが一定数いることが分かります。タナカを付けている人は記憶には残っていません。
そういった光景を見かける場所には都市部(香港島・九龍側両方)が多く、郊外では見かけたことがありません(全部のエリアを見たわけではないので、あるかもしれません)。
ある程度の広さがあり、雨風を凌げるという条件がなかなか揃わないからかもしれませんね。
食事や談笑の光景であること、女性が多いのはシンガポールと共通していますが、香港の方がかなり大規模です。
台北の場合
台北も特徴的でした。
まず、場所が台北駅というかなり限られた場所だということ。台北駅には広い吹き抜けロビーがあり、冷房も効いているので快適です。蒸し暑い気候が関係しているかと思いましたが、香港やシンガポールも同じか台北よりも厳しい気候なので、あんまり関係なさそう。
台北駅周辺は地下街も発達していますが、そちらではピクニックをしている外国人労働者は見かけませんでしたし、他のエリアでも見かけることはありませんでした。週末に集まる場所としては台北駅に集中しているのかも(こちらも全部回ったわけではないので肌感覚)。
シンガポールのように当局の縛りが強いというイメージもないので場所を選ぶ自由はかなりありそうですが、それでも一か所に集中しているように見えるのか、香港のような屋根のある公共空間が少ないからでしょうか。もしくは絶対数に違いがあるか。
週末だけ集まるという点は全てに共通していますが、ムスリムがちらほら見られるという点ではシンガポールよりも香港に似ている感じかな、といった感じです。
なぜ週末だけこんな光景が見られるのか?
こうして三つの国・地域で見た光景を並べてみると、「外国人労働者が週末に集まる」「談笑したり食事をしたりする」という共通点はあるものの、それ以外の要素はそれぞれ微妙に異なることが分かりました。
そもそも日本ではあまり見られない光景なので、まずどうしてこのような状況が発生するのか、背景をちょっと考えてみます。
日常的な抑圧の強さ
まず考えられるのが、週末が彼らにとってコミュニケーションを取ることのできる希少な機会であるということ。シンガポールや香港では共働き世帯も多く、家事労働者(いわゆるメイドさん)を雇うのは当たり前。住み込みを前提として専用の居住スペースを設ける場合もあります。働く外国人労働者(主に女性)が雇用されるのは主にこのような産業。
住み込みが前提であれば基本的に職場を離れることができないため、同じような境遇の人々と関わりを持ったり、母国にいる家族と気兼ねなく連絡を取ったり、ということは休日である週末しかできない、ということになります。
家事労働者は非常に強いストレスに日常的に晒されることになる一方で、法的・社会的にかなり弱い立場に置かれますし、労働環境も雇用主の匙加減ひとつで大きく変わります(雇用主は大抵母国人なので、事件が起こっても外国人労働者に不利な判決が出やすい傾向がある)。
とても対等とは言えない労働環境で、いわゆるオフィスワークに見られる「仕事終わりの時間」での発散ができないとするならば、このような場は彼らにとってひとつの生命線と言えるかもしれません。
コミュニティー・ネットワークづくり
ストレス発散と合わせて考えられるのが、同じような背景を持つ外国人労働者同士のコミュニティーやネットワークを形成すること。特定の場所・特定の時間に食べ物や飲み物を持って集まることで、連帯意識を強めていることが考えられます。
ポイントは、周辺で販売されている食べ物ではなく、母国の料理を自分で作ってきたらしい人が多いこと。その傾向は特に香港で顕著で、タッパーを並べて食事をしている光景も良く見ました。手作り料理が多いのは、時間や費用の節約であったり馴染みの物が食べたいという側面もあるでしょうし、香港で東南アジアはトレンディーで高級なものも多いのも影響しているかもしれません。
最近はシンガポールやマレーシアの料理店が香港でもかなり見られるようになりましたが、有名シェフのレストランだったりフュージョン料理だったりと、普通の香港料理より高い場合もかなりあります。サービス料がかかることも多いので、日常のコミュニケーションには向かないですね。
香港や台北の外国人労働者が集まっている場では、食べ物を配布(販売?)している人や、有志の団体による移動図書館(母国語の本が手に入らないため)のような取り組みが行われています。外国人労働者の週末ピクニックは、同じ境遇の人同士のつながり以外にも、そのような支援の手とつながる場にもなっていそうです。
各都市・国の多文化共生政策と現地民との線引き?
他にシンガポール・香港・台北に共通しているのが、そういう外国人労働者が現地人と混じって働く、というスタイルが極端に外から見えないこと。
これは最初の点とも関連しますが、日本とは違って「客と直接接する外国人労働者」がかなり少ないです。例えば日本ではコンビニで外国人店員の接客を受けたり、ホテルの従業員が外国人だったり、ということが良くあります。でも、それらの国で同じような場面に遭遇することはほとんどありません。
筆者の経験上だと、ゼロでした。
つまり、外国人労働者は基本的に現地人のサポートの役目(=対等ではない)を徹底している、と言い換えることができそうです。つまり、コミュニティーの一部としては認識されていない、というか一部ではない。あくまで現地人がやりたくない仕事を肩代わりする存在としてしか認識されていない。
積極的に外国人労働者を包摂する動きもなければ、その必要性も認識されていないという状況であることが伺えます。
そのような状況では物理的にはその国に居ても、精神的には属していない、という状況です。地元のコミュニティーに入れないため、ピクニックをする以外に所属先を見つける方法がない、という事情がありそうです。
中華圏独特の要因はあるのか
外国人労働者が多い社会そのものは、日本も含めて世界中で見られます。
でもここまでに挙げたシンガポール・香港・台北に見られる特徴とは異なるかたちの場所が多い、というのが筆者の感覚です。
詳しくはこれから触れますが、たとえばヨーロッパや中東諸国(特にGCC諸国)ではピクニック状態で週末だけ、という光景は見られませんし、外国人労働者が普通に接客していたりもします。割と大規模な移民街が形成されていることも多いです。このあたりは多かれ少なかれ日本も同じような感じですね。
先に挙げたシンガポール・香港・台北の場合も移民労働者が集まるエリアやお店はあるものの、諸外国と比較するとかなり小規模。これらのエリアの共通点はすべて中華圏に属しているということ。
血縁集団を単位にする強固な家族関係や、国民と外国人労働者の人口バランスなど中華圏特有の様々な事情が関係していそうです。
次の項目からは、筆者が居住したり滞在したりした場所で見られた外国人労働者の態様と、どうして「外国人労働者の週末ピクニック」が見られないかを考察してみます。
なぜヨーロッパでは見られないのか?
外国人労働者やいわゆる移民が多い地域としてイメージしやすいのがヨーロッパ。筆者がスイスやフランスに居住していたときにも、かなり色々なタイプの外国人労働者を目にする機会がありました。
自分自身も留学生という立場で移民だったことも、見方に影響していると思います。
ただし、シンガポール・香港・台北の「外国人労働者が週末に集まって集団で飲み食いをする」という光景は全く見られませんでした。
社会的な包摂が進んでいる・厳しい取り締まりがない
まずはヨーロッパの場合、いわゆる外国人労働者と移民の垣根が非常に低いことが挙げられます。
現地で働いている労働者は一時的な居留の場合もありますし、市民権を得ていることもあります(不法移民も一定数いますが…)。
市民権を得る場合には語学試験の合格や文化の理解が必要なこともあり、現地人に混じって雇用されていたり、何なら起業して自分のお店を持っていることもあります。
人権団体が多く、低所得世帯や外国人労働者に対する支援体制が整っていることも多いのも、ヨーロッパの特徴。公的なサービスは正直手厚くはありませんが、先に移住した同胞が後からくる人の手引きをするパターンも結構あります。
法的な立ち位置の弱さはシンガポールなどと共通していますが、人権の観点などから強制送還のような厳しい措置が行われづらい点もかなり特徴的です。
社会階級間の接点のなさ
次に考えられる要因が、ヨーロッパが厳然たる階級社会であるということです。
特にフランスで顕著でしたが、現地人の間でも富裕層・貧困層がしっかりと分かれており、両者の動線は一切交わりません。
富裕層の子女がグランゼコールに通ったのち大企業で重要なポジションを得て高額を稼ぐ一方で、庶民の子女は普通の大学に通いそこそこの給料を貰う…という構図がありますし、交通機関ひとつ取ってみても、富裕層は地下鉄を一切使わない、ということもあります(このあたりはGCC諸国も同じ)。
国民が就きたくない職業というよりも富裕層が就きたくない職業が人手不足になるので、外国人労働者が就く職業にもバラエティーが生まれてきます。もしビザサポートが不要であれば、外国人労働者(=移民)が地元民よりもスキルが高かったり安い賃金で我慢してくれるのであれば、外国人労働者が選ばれることもあります。
このようにその国籍を持つ人々そのものに断絶があるので、外国人労働者だけを切り取って議論するという土壌が生まれづらい環境があることは想像に難くありません。
ただし労働市場の厳しさや社会リソースの逼迫を背景に近年は移民排斥を叫ぶ右派政党が支持を集めている国も多いので、この構図は近いうちに変わるかもしれません。
言語の壁がない・薄い
さらにヨーロッパ特有の条件として、旧宗主国に移民する外国人労働者が多いということが挙げられます。
つまり、言語バリアがほぼ存在しないということです。外国人労働者が地域社会に溶け込む際には言語がハードルになることがどうしてもあるので、この面がクリアできるのは大きいです。
現地人と移民の意思疎通が言語面では支障なく行うことができるので、移民しやすい・社会に溶け込みやすいという側面はあるでしょう。
ただし経済や文化の側面がかなり違うことが多いため、同じ言語を使えたとしても、単純に意思疎通コストが下がっていると結論付けるのは難しいです。外国人労働者のコミュニティーが孤立しがちなことは変わりません。
香港や台北のように「移民労働者だけで集まる機会でないと母国語が話せない」という状況にはならないのは事実でしょうが、それに近い要素が見えない場所で温存されているという状況はあるでしょう。
気候の問題もありそう
ヨーロッパの寒冷な気候も「外で集まって交流する」というスタイルに向いていない可能性があります。
シンガポール・香港・台北はいずれも温暖な気候であり、主に東南アジア出身の外国人労働者が非常に慣れている気候。しかも屋外に長く居ても健康上のリスクもありません。
一方で、ヨーロッパは基本的に平均気温が低めだったり、日が長い時期と短い時期が極端だったり。特に冬は長くて暗い(日照時間が短い)ので、気分が落ち込みやすくなったりします。これは屋内で長い時間を過ごす人の多いアジアと対照的に、ヨーロッパ人が積極的に日光浴をする理由になっています(ビタミンDが不足してうつ病などにかかりやすくなる)。外国人労働者が殊更に屋外で集まる以前に、屋外で時間を過ごす合理性がすでにある、ということですね。
この中で外国人労働者がピクニックをしていても、地元民も同じことをしているので目立たない、ということです。インドネシアやミャンマーなどからシンガポール・香港・台北に行くのとは全く違いますね。
また夏以外の季節は気温がかなり低くなるので、外で長時間過ごすのはかなり厳しいです。特に真冬は生命維持が危うくなるレベルで危険。こういう条件だと、年間を通じて毎週末集まるようなことは難しいでしょう。
またそもそも移民コミュニティーが屋内でもちゃんと成立しているので、集まる場所が屋外である必要もない、ということもありそう。
なぜGCC諸国では見られないのか?
次に外国人労働者が多い場所として挙げやすいのが、GCC諸国。湾岸協力会議に加盟しているサウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、バーレーン、クウェート、オマーンの6か国を指します。
これらの国々は外国人労働者の受け入れが多く、ごく少数の自国民の生活を多くの外国人労働者が支えるという社会構造も散見されます。
これだけ外国人労働者が多いにもかかわらず、やっぱりシンガポール・香港・台北と同じ光景は見られません。
日常の管理が徹底している
まず第一に考えられる要因が、外国人労働者が徹底的に管理されていること。
中東諸国では外国人の労働者のビザや就労要件が非常に厳しく管理されており、市民権の取得はほぼ不可能。一時的に労働のためだけに来ているという側面が徹底されています。
労働のスケジュールや後述の都市構造もあり、週末だけ息抜きをするという構図そのものが成立しないという側面もありそうです。
労働時間や居住場所はもとより行動範囲についてもしっかりとしたルールがあり、こちらもビザのタイプによって自由度にかなり違いがあります。
行動範囲・都市の造り・気候
次に考えられるのは、GCC諸国の環境がシンガポール・香港・台北と決定的に異なること。
まずGCC諸国は市街地が散在しており、都心の限られたエリア以外は基本的に車で移動することになるという点。自動車免許がなかったり、自由に運転できる自動車がない場合は、まず移動そのものがかなり難しいということになります。そうすると同じ外国人労働者であっても、決まったタイミングで同じ場所に集まるというスタイルが成立しづらくなります。
また非常に暑い気候も要因として挙げることが出来そうです。例えばドバイなどは夏場の気温が50度に達することもある過酷な気候が有名ですが、こういった条件では屋外に集まって…ということはとても想像できません。
空調の効いた涼しい空間はショッピングモール…ということになりますが、そこは商業施設。館内で外から持ち込んだ飲食物を消費しながらシートを広げてピクニック…は管理者が許可しないでしょう。
自国民の少なさと自国民優遇政策のバランス
さらに考えられるのが、外国人労働者が雇用される産業と自国民との権利バランス。
シンガポール・香港・台北では外国人労働者よりも自国民が多く、外国人労働者は一般家庭で雇用されることが多いです。一方のGCC諸国は逆で、ごく少数の自国民が大量の外国人労働者を雇うというスタイル。外国人労働者の人数は圧倒的多数です。
外国人労働者が従事する主な産業には建設業、ホスピタリティ、家事労働がありますが、家事労働を除けば同僚に同じようなバックグラウンド(場合によっては同郷)の人が必ずいるということです。
平日は文化や言語の異なる自国民としか接することがなく、週末だけ母国語で…というような抑圧とは違うタイプの制限に服していることが考えられます。
なぜ日本ではみられないのか?
では、外国人が増えつつある日本で「外国人労働者が集まって談笑する光景」を見ることがないのはなぜでしょうか。
日本の外国人政策に原因があるのかな?と考えました。
外国人のあいまいな位置づけと制度的欠陥
最近まで日本社会は「外国人をどう位置づけるのか」という議論とちゃんと向き合ってきませんでした。それは国内のニーズを外国からの移民以外で代替することがある程度可能だったからです。
外国人を労働者として事実上活用する仕組み自体は存在しましたが、その建前があくまでも技術移転であったりと、諸外国とは異なる形態であり、かつ受入数も限られていました。ただしその枠組みで人権侵害事案が多数発生していたことは否めません。
これは一見シンガポール・香港・台北・GCC諸国における管理スタイルに近しいように思われますが、それらの国の制度が「徹底的に管理する」ものであったのに対し、日本では制度そのものに欠陥があった結果、「制度が想定していない事案が多数発生」してしまったという意味で、全くの別物です。
どちらも人権侵害事案がありますが、シンガポール・香港・台北・GCC諸国のものは「システムに織り込み済みの人権リスク」、日本のものは「想定外に制度が悪用された結果発生した人権リスク」である点には留意が必要でしょう。
労働時間や就労条件が適切に管理されない日本のような状況になってしまっては、「平日は仕事に集中し、週末に発散」というライフスタイルは紙の上でしか成立しません。
包摂の現実とコスト負担
ただし一方で、外国人住民の急増や市民からの要望などによって、多文化共生社会の形成が行政の取り組むべき喫緊の課題として持ち上がっており、様々な取り組み(行政サービスの多言語対応など)が既に実施されています。
しかし、そのような取り組みは全国一律に行われているかと言えばどうしても自治体ごとに異なりますし、外国人住民といっても国籍・文化・宗教もバラバラ。ヨーロッパで既に実施されているような現地に適応するようなプログラムが一律に実施されることでもない限り、どうしても善意に頼らざるを得ない状況になってしまいます。
結局は日本語がある程度できて、日本人を相手に何かしらのビジネスをしなければ生きていけない…という環境。同胞のつながりだけではとても対応し切れるものではありません。
週末に交流するメリットがない
このような中途半端な取り扱いを続けてきた結果、外国人はシンガポール・香港・台北やGCC諸国のように「あくまで一時滞在の労働者」として現地社会から切り離されて厳然と管理されることはなく、かと言ってヨーロッパのように「市民」として完全に包摂することもない、という何とも中途半端な状況になってしまいました。
その結果、外国人の環境は複数のレイヤーに分かれるようになります。
自由の無い就労スタイルの外国人は、平日・週末を問わず自由時間が取れません。これは実質的に休みがないのと同じなので、そもそも集まること自体が厳しい状況です。
一方で自由な就労スタイルの外国人は日本人と同じように地域コミュニティーに入って生活するという構図が完成。同胞とは日常的に交流できるので、週末だけ集まって交流するという状況は生まれません。
このような状況を考えると、当初シンガポールなどで見た「外国人労働者が週末だけピクニックをする」という光景が日本で見られないのは当然であるという帰結になりますね。
まとめ
ここまでの内容を、表に整理してまとめます。
地域ごとに(1)外国人労働者の属性、(2)外国人労働者が就労する主な産業、(3)社会要因(プラス・マイナス両面)、(4)環境要因(主にマイナス要因)を並べました。
学術的な正確さではなく、あくまで筆者の観察と経験に基づく整理である点はご了承ください。
| 地域 | 外国人労働者の属性 | 外国人労働者が就労する主な産業 | 社会要因(ピクニックに影響する要素) | 環境要因(ピクニックを妨げる要素) |
|---|---|---|---|---|
| シンガポール →ピクニックあり | 【集まっている人】主に東南アジア系(ミャンマー、フィリピンなど)(言語バリア:低~中) | 家事労働、建設業など人手不足の産業 | 公共の場の集会が制限 現地社会との断絶 | N/A |
| 香港 →ピクニックあり | 【集まっている人】 東南アジア系(インドネシアなど)(言語バリア:高) | 家事労働、建設業など人手不足の産業 | 雨風をしのげる公共空間に大規模集積 現地社会との断絶 | N/A |
| 台北 →ピクニックあり | 【集まっている人】 東南アジア系(インドネシアなど)(言語バリア:高) | 家事労働、建設業など人手不足の産業 | 台北駅に集中 現地社会との断絶? 支援団体あり | N/A |
| ヨーロッパ(スイス・仏など) →ピクニックなし | 【外国人労働者全般】 旧宗主国からの移民(言語バリア:低) | 様々 | 外国人労働者と移民の垣根が低い 支援団体・同胞ネットワークが存在 現地社会内部の断絶(階級社会+移民社会) | 寒冷・季節差(日照) |
| GCC諸国 →ピクニックなし | 【外国人労働者全般】 様々(主に東南アジア系)(言語バリア:低~高) | 建設業・ホスピタリティ・家事労働が中心 | ビザ・就労要件が厳格に管理 市民権取得ほぼ不可→一時的労働者としての位置づけが徹底 行動範囲のルールも厳しい | 車社会+市街地分散酷暑 |
| 日本 →ピクニックなし | 【外国人労働者全般】 様々(言語バリア:低~高) | 特定産業(人手不足の産業) | 制度的欠陥+多文化共生施策=外国人の位置づけが曖昧 | N/A |
こうやって要素を並べてみると、色々な国が様々なかたちで外国人労働者を受け容れたり使ったりしているんですね。
もっと深く調べれば面白そうですが、この手のトピックは学術的な研究も進んでいるので、今回は個人的に見た光景や知識をもとに構成するに留めます。

個人的に見た範囲だけなのに既に色々な条件が絡まっているのが分かるので、専門的に研究したら面白そう。
今回は外国人労働者が週末に集まる光景を見たことが出発点だったので、主に家事労働の外国人労働者を扱いましたが、別のカテゴリーの外国人労働者の働き方なんかも調べてみると面白いかも、なんて思いました。
以上です。
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