香港を旅したあの日のこと——
ネオンのきらめき、茶餐廳のざわめき、そしてスターフェリーから吹く風。
そのすべての記憶を、音楽とともにもう一度辿ることができたら?
このプレイリストは、妄想旅という形式をとりながら、実際の香港旅行の経験や空気感をもとに構成した全21シーンの旅程とBGMガイドです。
筆者は音楽評論家でも、旅行のプロでもありません。ただの、香港が好きで何度も通った“いちファン”として、この街の記憶や雰囲気を「音楽」で切り取ってみたくなったのです。
ルートは現実に即して、音楽は情景に寄り添って。
広東語ポップスからJ-POP、インストまで、それぞれのシーンが「音」とともに心に残るよう、選び抜きました。
香港に行ったことがある人も、これから行く人も、まだ見ぬ街に想いを馳せる人も——
この音の旅が、あなたの「次の旅」のきっかけになれば嬉しいです。
Scene 1:羽田空港、深夜2時の出発ロビー

― 非日常の入り口でイヤホンを耳に差す
日付が変わるころ、羽田空港第3ターミナルへ。スーツケースを引きながら羽田空港に入った瞬間、すでに日常から遠ざかっている気がした。
早々にチェックインと出国審査を済ませ、制限エリアへ。
24時間営業の羽田空港第3ターミナルは深夜でも人が多く、手荷物検査に意外と時間がかかった。
仕事帰りの疲れが残る中、深夜便までのわずかな待ち時間。搭乗口近くのカフェで一息つく。
片手にはドリンク、もう片方ではスマホを開いて、普段はあまり見ないインスタで「#香港旅行」のタグをぼんやり眺める。搭乗案内にも一応気を配りながら…。
まもなく始まる旅行に、胸が少し高鳴っている。
今回は仕事終わりの深夜時間帯でも利用できて料金も手ごろなLCCを選んだ。
身軽な旅を計画したはずなのに、荷物がいつも容量ギリギリなのはなぜだろう。
LCCの緊張感漂う搭乗列に並びながら、イヤホンを耳に差す。今夜は音楽が旅のプロローグ。
- 宇多田ヒカル「Goodbye Happiness」
→ 日常の終わりと非日常のはじまりを軽やかに切り替える曲
▶︎ YouTubeで聴く - Nujabes「Reflection Eternal」(インスト)
→ 無機質な深夜空港にぴったりのチルで浮遊感あるサウンド
▶︎ YouTubeで聴く - 藤井風「旅路」
→ 夜の出発にそっと寄り添う希望と余韻がある一曲
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Scene 2:朝の香港とお粥の湯気
― 空が白み、湯気が立ちのぼる
香港国際空港に降り立つと、まだ朝の気配が濃く残っていた。入国審査を抜けたばかりの空気には、旅の非日常と現地の湿度が混ざり合っている。
機場快線(エアポートエクスプレス)に乗り込み、今回宿を取った香港島の銅鑼湾(コーズウェイベイ)を目指す。
深夜フライトは意外としんどい。眠い目をこすりながらスーツケースを引きずり、まずはローカルなお粥屋へ。夜が明けたばかりの街角で、湯気を立てながら運ばれてくる白いお粥。
頭はまだぼんやりしているのに、「ああ、今、観光してるな」って妙に自覚する瞬間。
少し他人事みたいで、でも悪くない。
本調子からはまだ程遠い頭脳をフル回転させ、広東語特有の漢字が並ぶメニューを解読する。
トッピングはピータンと鶏肉にするか、それとも魚?肉団子も捨てがたい。
適当にメニューの一番上のお粥を。多分外れないはず…。
優しい味が、旅のスタートを静かに整えてくれる。
ふと周りを見渡すと、近くの席では常連らしきおじさんたちが新聞を広げている。店内のテレビでは朝のニュース。
国際ニュースには日本の話題も混じっている。広東語は分からないのに何となく意味が分かる気がするのが面白い。
まるで昔からここにいたかのような街の風景に、自分の姿がすっと溶けていくような気がした。
- 王菲 「夢中人」
→ 香港映画『恋する惑星』主題歌カバー。夢と現実の狭間のような朝にぴったり
▶︎ YouTubeで聴く - 押尾コータロー「風の詩」(インスト)
→ 朝の静けさと心地よい風を感じるアコースティック・ギター
▶︎ YouTubeで聴く - Serrini「長期浪漫」
→ 一人旅の自由な始まりにふさわしい、軽やかな広東語ポップ
▶︎ YouTubeで聴く - クレイジーケンバンド「観光」
→ アジアの熱気と日本のお囃子が交錯する独特のサウンド。異国人としての自分を感じる
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 3:茶餐廳で過ごす朝の時間

― ローカルにまぎれる、ゆるやかな旅の序章
ホテルに荷物を預けて、向かったのは近所の茶餐廳。 プラスチックの椅子、固定されたテーブル、壁にずらっと並ぶ写真付きメニュー。
港式奶茶(香港ミルクティー)と菠蘿包(パイナップルパン)を注文して、空いた時間にスマホでインスタとOpenRiceをチェック。
香港に来た実感がじんわりと染みてくる。
目の前では学生が談笑し、奥の席ではおじさんたちが真剣に麻雀アプリをしている。異国なのに、なぜか落ち着くこの空間。街は昼に向かって徐々に活気を増していく。
さて、こちらも本格的に動き始めようかな。
- 方皓玟 + RubberBand「終於好天氣」
→ 晴れた朝とローカルの雰囲気にぴったりの軽快な広東語ロック
▶︎ YouTubeで聴く - 王菲「給自己的情書」
→ 朝の光の中で静かに流したくなる、穏やかなフェイ・ウォンの名曲
▶︎ YouTubeで聴く - 陳慧琳「記事本」
→ やさしいメロディと透明感のある歌声が、茶餐廳のまどろむ朝にそっと寄り添う
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Scene 4:車窓の向こうに流れる日常

― 走る街、すれ違う言葉
食後のまったり感とともに、旅の本番スタート。
荷物は置いて身軽になったし、頭もようやくスッキリして香港を本格的に受け入れる準備ができた!
街をせわしなく行き交う人々の流れや、香港独特の信号の音が改めて目の前に迫ってくる。
香港名物高速エスカレーターの洗礼を受けてMTRに乗り込むと、整然とした車内広告が目に入る。目的地に着くまでの数駅ですら、気になる街の匂いが次々と流れていく。朝のラッシュは東京の満員電車のようで、でもやっぱり違う。
2階建てバスの最前列から見える香港の雑踏と、香港島を走り抜けるトラムのきしむ音。道端の八百屋から聞こえる広東語のやりとりに、時々英語や普通話が混じる。
移動中ですら、旅の時間はノンストップだ。
目的地よりも、移動時間そのものがすでに楽しい。
香港を移動すると、香港人の日常がさらにはっきりと表れてくる。
涼しい顔でオクトパスカードを使って、ここに住んでいるように振舞ってみる。
観光と日常の狭間にいる自分。
何気ない移動の中で、ふと「自分はどこから来て、どこへ向かってるんだろう」と考えてしまう。そんな瞬間も、旅の醍醐味かもしれない。
- YMO「東風」(インスト)
→ 都市の移動とリズムをリンクさせるミニマルなインスト。東洋的なサウンドが香港にもピッタリ
▶︎ YouTubeで聴く - クレイジーケンバンド「香港的士」
→ タクシーの車窓から街の息吹を感じる。これから旅が始まるワクワクをそのまま音にした一曲
▶︎ YouTubeで聴く - PUFFY「オリエンタル・ダイヤモンド」
→ 疾走感溢れるポップサウンド。気分が上がるロケンロールな一曲
▶︎ YouTubeで聴く - Supper Moment「大丈夫」
→ トラムやMTRの窓から眺める景色にマッチする優しい曲。希望を感じるミドルテンポ
▶︎ YouTubeで聴く - 鄭秀文「我們都是這樣長大的」
→ バスやトラムに揺られながら、自分の現在地をふと考えたくなる一曲
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 5:記憶と創造のすき間で

― 赤煉瓦とガラスのあいだにある、静かなまなざし
トラムに揺られて辿り着いたのは、アートと記憶が交差する大館(旧中区警察署・刑務所をリノベーションした文化施設)。
赤煉瓦の重厚な建物に足を踏み入れると、かつての警察署・監獄だった歴史が静かに語りかけてくる。
女性囚人が残した詩、当時の衣服、そして囚人の身長を測るスケール。
その前で無邪気に写真を撮る若者たちの姿に、時代の流れと空間の再利用を強く意識させられる。
ギャラリーやカフェ、欧米風の飲食店。少し観光地っぽさもあるけれど、商店が並ぶ棟はどこか“整いすぎない”、工房のような空気を残していた。
見上げれば、周囲を取り囲む高層ビル。その窓の数だけ、誰かの暮らしがある。
そこから少し足を伸ばして、PMQ(元警察宿舎を再利用したデザイン&スタートアップ拠点)へ。
ここは何度か来たことがある場所だ。知っているはずなのに、また来てしまった。
懐かしさすら感じる日本文化の品々——タミヤのミニ四駆まである。
香港でこんなにも自然に受け入れられていることに、少しうれしくなる。
ただ今回は、どこか醒めた気持ちで歩いていた。
「買いたいものはないな」そんな気持ちが正直なところ。
でも、広い開口部から吹き込む夕方の風と、住宅ビル群に灯りがともる景色を見ていると、
この街の生活の“ふち”に触れたような気がして、足を止めていた。
残された記憶と、続いていく暮らし。
そのどちらにも、立ち止まる理由があった。
- Serrini「自由散步」
→ アートスポット散策に似合うおしゃれで都会的な一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 林家謙「一人之境」
→ 静けさと都会の隙間を描くような透明感のあるポップス。大館の空気感に寄り添う
▶︎ YouTubeで聴く - 坂本龍一「Bibo no Aozora」
→ 時間の重なりと空間の陰影を映し出す美しいインストゥルメンタル
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 6:夜の香港を歩く

― ローカルディナー、湾岸の夜景、そして夜カフェ
PMQを後にして、夕食はOpenRice(香港の食べログのようなアプリ)で見つけたローカル感満載の店へ。
隣の若者グループの広東語をBGMに、ドリアみたいな香港式焼きごはんに舌鼓を打つ。
店を出ると、夜の帳がすっかり下りていた。道に並ぶ看板の光が空を照らし、潮風がそっと肌を撫でる。何となくビクトリア・ハーバーに向かって歩き、遠く九龍半島側の夜景を眺める。
この街は、夜になると少し切なくなる。
夜が更けてめっきり人通りの減った中環(セントラル)。中環街市(セントラルマーケット)の近くをぶらついて、名物ヒルサイド・エスカレーターに吸い寄せられる。好奇心から数区間乗ってみるも、思ったより長くて、少し不安になって途中で引き返す。
確か前に好奇心で最後まで乗って、戻れなくなりそうになったこともあったっけ。
若者が集まるクラブの多い賑やかな通りが近いけれど、ちょっと気分じゃない。
静かにのんびりしたい。
そのまま夜カフェへ。と思ったけれど、深夜時間帯だからかマクドナルドしか開いていない。しばしマクドナルドでコーヒーをすすりながらパソコン作業。無料wifiと電源が助かる。
深夜のマクドナルドはどこでもあまり雰囲気は変わらず、店内には寝ている人多数。
隣のテーブルでは若者たちが港式奶茶片手に宿題をしていた。
香港の皆さん、今日もお疲れ様です。
- 陳奕迅「孤獨患者」
→ 都市の夜、ふと感じる孤独に寄り添う一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 押尾コータロー「Misty Night」(インスト)
→ 軽やかなギターで夜の散策を彩る
▶︎ YouTubeで聴く - Norah Jones「Don’t Know Why」
→深夜のマクドナルドで過ごす時間に、ふと染みるような穏やかなジャズバラード
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 7:飲茶で始まる、地元にまぎれる朝

― ふとした会話から始まる、2日目の朝
今日は少し早起きして、ローカル飲茶のお店へ。 店に入ると、円卓がびっしりと並び、ワゴンを押した店員の声があちこちで響いている。
お茶は…よく分からないけど、普洱茶(プーアル茶)なら飲んだことがある。蒸籠から立ち上る湯気と思い思いに朝の時間を過ごす香港の人々を横目に、 とりあえず無難そうなものをいくつか選んでみる。醤油ベースのソースに馴染むぷるぷるの腸粉、日本ではあまり見ない鮮やかな黄色の焼売、温かくてふかふかでほんのり甘い馬拉糕(マーライカオ)。すっかり市民権を得たチャーシューメロンパンの甘じょっぱさが、朝の胃袋にやさしく染みていく。
ふと、相席の家族の男の子がこちらをじっと見ている。 「(聴き取れない。多分料理のこと)、好食呀?」とおばさんが笑って話しかけてきた。
「うん、好好食。」 たどたどしく返した広東語に、まわりの家族がわっと笑ってくれた。「旅の広東語」のページをちゃんと読んでおいて良かった。やるじゃんガイドブック。
まあ、その後の会話は続かなかったのだけれど。
“地元に混ざる”って、こういう瞬間のことかもしれない。 観光地の写真より、こういう笑顔の方が旅の記憶に残る気がする。
- 盧冠廷「一生所愛」
→ 映画『チャイニーズ・オデッセイ』主題歌。広東語の名曲で、懐かしさと温かさを感じさせる
▶︎ YouTubeで聴く - Beyond「早班火車」
→ 早朝の始発列車をテーマにした穏やかな広東語ポップ
▶︎ YouTubeで聴く - 押尾コータロー「In the Morning」(インスト)
→ 穏やかな朝の空気と湯気に包まれたギターソロ
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 8:九龍をめぐる午後
― バスの2階席と、観光地の表情
腹ごなしに、今日は九龍側をバスで攻める。MTRじゃなくて路線バス。もちろん2階席の一番前を確保。
香港島から海底トンネルを通って対岸へ。フロントガラス越しに、ビルの広告がパネルのように流れていく。
バスの揺れに身を任せながら眺める香港の景色は、まるで映画のようで、ちょっとした都市観光バス気分。
香港って、やっぱり“縦”の街だ。
午後も相変わらず賑やかな尖沙咀。
人通りの多い彌敦道(ネイザン・ロード)を少し歩いて、今も昔も旅人に人気の重慶大厦をチラ見。前は客引きが激しくて辟易した記憶があるけど、今はそこまででもない様子。ただ入り口のにおいや暗がりが、何となく昔の面影を残していて、足を踏み入れる気にはならなかった。
観光客にとっての“ディープ香港”の象徴だった場所が、時代とともに変わっていくのを感じる。
新スポットのショッピングモール、K11 MUSEAではお財布に優しくない高級ブランドに圧倒されつつも、アートインスタレーションのある吹き抜けに少し癒される。雰囲気のせいか、道行く人々も何となくオシャレ。彌敦道とはまた違ったエネルギーを感じられる。
「観光地って、こういう“過剰”がいいんだよな」と、ちょっと楽しくなる。
歩き疲れて九龍公園へ。ベンチに座って、澳洲牛奶公司の凍蛋白燉鮮奶(ミルクプリン)を一口。ふるふるした食感と強い牛乳の香りが、口の中でやさしく広がる。何となく懐かしい味。
お上品な香港も素敵だけれど、こういう分かりやすいのも好き。
目の前では学生たちが制服姿でスマホをいじっている。学校帰りかな?ベンチの陰ではお年寄りが新聞を広げていて、遠くでは子どもたちの声が響く。なんてことのない午後の風が、どこかホッとする。
忙しく移動しなくても、街を歩くことそのものが旅になる。
- Serrini「Let Us Go Then You and I」
→ 観光地での自由なテンションに合うポジティブな広東語ポップ
▶︎ YouTubeで聴く - Daoko「水星」
→ 流れるように変わる街の風景と相性抜群のエレクトロニカ
▶︎ YouTubeで聴く - 陳奕迅「最佳損友」
→ 少し気怠さもある午後に、ふと聴きたくなる都会的バラード
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 9:ネオンと光の夜景ショー
― 香港の夜、灯りと音が交差する瞬間
観光客が集まるプロムナード、ビクトリア・ハーバー沿いに着くころには、空がすっかり夜の色に変わっていた。ビル群のネオンが水面に滲み、街全体がゆっくりと夜の衣装に着替えていく。
ここに来た目的は、もちろん香港を代表する大規模な音と光のショー「シンフォニー・オブ・ライツ」。まるで都市全体が呼吸するかのように、光が脈打ち、音楽とともに街を包み込む。その光と音のショーに、子どもも大人も、地元の人も観光客も、しばし言葉を忘れて見とれていた。
夜風が心地よい。隣ではカメラ越しにシャッターを連打する観光客、少し離れた場所ではカップルが寄り添っている。誰もがそれぞれの形で、この時間を静かに味わっているようだった。
“わかりやすさ”がなくてもいい。街の呼吸が伝わる、それだけでいい。
ただ折角なら、誰かとこの気持ちを共有しても良かったかな…。
あの光のリズムに包まれていたとき、少しだけ時間が止まっていた気がした。孤独じゃないけど、ひとりであることを強く実感する夜。旅先の夜って、時々こういう気持ちになる。
さて、香港島に戻って何かを食べようか。
- Dear Jane「銀河修理員」
→ 現代的なロックバラード。星空や光のメタファーが夜景とリンクし、切なさもある一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 五月天「星空」
→ 光と音、そして時間の流れを感じさせる普通話ロック
▶︎ YouTubeで聴く - 羊毛とおはな「YELLOW BIRD」
→ 優しい歌声とアコースティックギターが夜風に似合う曲
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 10:スターフェリーで渡る静寂の夜

― 揺れる船の上、夜風に包まれる帰路
ショーの後は、スターフェリーで香港島へ戻る。 デッキに出ると、潮風が頬をなでていく。昼間よりもずっと静かな船内には、数人の乗客だけ。水の音、機関音、遠くで鳴るサイレンが混じり合い、夜の都市がゆっくりと呼吸しているようだった。
振り返れば、さっきまで眺めていた光のショーが、もう遠くに滲んでいる。夜のビル群はネオンを灯したまま、何もなかったような顔で佇んでいた。香港は100万ドルの夜景って言われるけれど、それも納得。
ただ今夜は、その無機質な表情の奥に今日という一日を静かに抱きしめているような温度を感じた。
誰とも話さないまま、ただ揺れる船の中で目を閉じる。今日見た景色や、食べたもの、通り過ぎた人の顔が、静かに頭の中で再生される。潮の香りが鼻をかすめ、足元に響く微かな振動が心にやさしく染みていく。香港島の灯りがゆっくりと目の前に近づいてくる。
もう少しだけこの雰囲気に浸っていたいと思う気持ちを、そっと胸の中で確かめる。楽しい時間はあっという間に過ぎるけれど、その余韻が残るからこそ、旅は心に残るのかもしれない。
この静けさは、きっと忘れない。
香港島に到着。正直あまりお腹は空いていないけれど、何となく何か食べたい気分。
宿の近くにある両餸飯(選べるおかずとご飯がセットになった定食屋)のお店を試してみる。コロナ禍を経て外食ニーズが高まったことで人気に火が付いたらしい。店頭に様々な種類のおかずが並んでいる。
指さしで野菜の炒め物と麻婆茄子を注文。ご飯とスープを受け取り席に着く。シンプルな夕ご飯。思ったよりもスパイスが効いている。うーん、見た目で選ぶのにもコツが要りそう。
このお店はファミリーやカップルというよりは一人客が多めで、無言でかっ込んでいる人が多い。
皆一人なのに、不思議な連帯感を感じてしまう夜。
- 神崎まき「香港的士~Hong Kong Taxi~」
→ 異国の夜に滲むひとりぼっちの感情を優しい声で包み込むナンバー。香港という舞台が心に染みてくる
▶︎ YouTubeで聴く - 梁詠琪「你不是一個人」
→ 静かな夜にしみ込むような普通話バラード
▶︎ YouTubeで聴く - Vaundy「灯火」
→ 淡く灯る光と時間の流れを感じる優しい一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 梅林茂「夢二のテーマ」(「花様年華 in the mood for love」オリジナルサウンドトラック)(インスト)
→ 香港を代表する映画から、深夜の情緒にぴったりなインスト
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 11:夜食タイム、ローカルな一杯に心ほどける
― 夜食タイム、ローカルな一杯に心ほどける
夜も更けたころ、どうしても何か温かいものが食べたくなって、ぶらぶらと地元の麺屋へ。
注文したのは定番のフィッシュボールヌードル、魚蛋粉(フィッシュボールヌードル)。弾力のあるフィッシュボールと米の麵の相性が最高!熱々のスープに魚の風味が染み込み、屋台の明かりがどこか懐かしい。
周囲には地元のおじさん、仕事帰りの若者たち、黙々と麺をすすっている人たち。テレビの音と店員さんの声が混ざって、静かだけど活気ある香港の深夜がそこにあった。
カウンターの端に座って、湯気越しに厨房を眺める。鍋の音、麺をすくう動作、店員同士の軽いやりとり。そのすべてが、心を落ち着けてくれるようなリズムを刻んでいる。
ふと壁の時計を見ると、もうこんな時間かと驚く。けれど、不思議と焦りはない。ただ、この一杯のあたたかさと、この場所の空気に身を委ねていたかった。
観光名所では得られない、生活のにじむ時間。
気取らない時間が、一番心に残る。
- 陳奕迅「Lonely Christmas」
→ ひとりの深夜に、そっと寄り添ってくれる名バラード
▶︎ YouTubeで聴く - UA「水色」
→ スモーキーな歌声とシンプルなアレンジが深夜の空気感にぴったり
▶︎ YouTubeで聴く - Jóhann Jóhannsson「Flight from the City」(インスト)
→ 静かなピアノとアンビエンスが心を鎮める、深夜にふさわしい音世界
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 12:朝の沙田で文化と向き合う

― 博物館に息づく、もうひとつの香港
3日目の朝。少し足を延ばして新界エリアの沙田へ。目指すのは駅から徒歩圏内にある香港文化博物館。
充実した展示で香港の歴史や文化を追体験できる貴重な場所。
ただし香港島からだとちょっと遠いかも…。
MTRを乗り継ぎ、車公廟駅へ。博物館はそこから歩行者用の橋を渡ってすぐ。見渡す限りの山と高層住宅に囲まれた、郊外特有ののんびりした雰囲気が心地よい。
外の喧騒と打って変わって、館内は静かでひんやり。ブルース・リーの生涯を振り返る展示や、金庸作品の登場人物になりきって写真が撮れるコーナーなど、香港文化の深みを体感できるエリアが多い。
観光地から外れているためか人はまばら。体験型展示も待ち時間なしで楽しめる。ちょっと恥ずかしい気持ちを抑えつつ、画面に向かってポーズを決めてみたりする。
スクリーンの向こう側に行けた気がした。
展示室のガラス越しに見える山々と住宅群をぼんやり眺めていると、香港という都市のもうひとつの表情が見えてくるようだった。都市の中心から離れることで、逆にこの街の核に近づいたような気がした。
観光ではなく、“文化”に触れる時間。香港の奥行きがぐっと近くなる。
博物館のギフトショップでオリジナルグッズを物色して、大満足。
今日はさらに香港の郊外を攻めてみよう。
- 張國榮「風繼續吹」
→ レスリー・チャンの名曲。山口百恵の「さよならの向う側」のカバー
▶︎ YouTubeで聴く - Ryuichi Sakamoto「Merry Christmas Mr. Lawrence」(インスト)
→ 東洋と西洋、歴史と個人を感じる静謐なピアノ
▶︎ YouTubeで聴く - 盧巧音 feat. 王力宏 「好心分手」
→ 過去をふと思い出すような、感情の波に寄り添う広東語ポップ
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 13:郊外の光と風を感じて

― 城門外、ローカルな日常に混じる
博物館を出てひと息ついたら、今日はさらに思いきって郊外へ足を延ばす。
目的地は九龍城砦公園(九龍城の跡地の公園)から錦田吉慶圍(元朗の伝統的な客家集落)へ。
都市のにぎわいを少し離れ、かつての香港を今に伝える場所をたどっていく。
まずは沙田からMTRで南下し、宋皇臺駅で途中下車。
九龍城といえばタイ料理が有名な街。細い通りを歩いて、地元で人気の食堂でグリーンカレーを食べる。昼下がりの香港の蒸し暑さに、香辛料の効いた料理がよく合う。
すっかり口が南国気分になっていたところに、甘く香ばしいココナッツの香りが。
香港名物ココナッツタルトだ。アクセントの赤いチェリーがかわいい。早速いくつか購入し、近くにある九龍城砦公園のベンチでいただく。
かつて無法地帯と呼ばれ、現在でも映画などで大人気のモチーフである九龍城のあった場所が、今では静かな憩いの場になっていることに不思議な感慨を覚える。
再びMTRを乗り継ぎ、元朗へ。ここは軽鉄(ライトレール)と呼ばれる路面電車が走る一大ベッドタウン。
香港島や九龍半島の繁華街とはまた違う、味わい深い街並みが広がる。
オクトパスカードをかざし、MTRとは雰囲気の異なる軽鉄のホームへ。路線が分からないので、とりあえず来た列車に飛び乗る。軽鉄に揺られ、車窓を流れる風景に身をまかせる。郊外の暮らしが、さらに鮮明に見えてくる。
途中で立ち寄ったスイーツ店では、仙草ゼリーや豆腐花など、涼やかな甘味に出会う。どれも素朴で、すっと身体に馴染む感じがする。きっとこのお店はずっと昔からこの街で愛されてきたのだろう。街の人々の日常をそのまま味わっているような感覚になる。
そして、錦田吉慶圍へ。迷路のように入り組んだ路地と、赤い提灯のかかる門構え。静けさと優しさを併せ持つ独特の雰囲気に、なぜか子供の頃の夏の縁側が重なる。
観光地というより、誰かの記憶の中に入り込んだような、不思議な懐かしさが漂っていた。
ガイドブックにない場所こそ、旅の宝物になる。
- 盧巧音「風鈴」
→郊外の静けさと風の音を感じさせる、優しいメロディの広東語ポップ
▶︎ YouTubeで聴く - 梁靜茹「小手拉大手」
→素朴な午後のひとときを切り取るラブソング。つじあやの「風になる」のカバー
▶︎ YouTubeで聴く - 伊東光介「思い出のスキップ(帰ってきたモモコちゃん)」(「レンタネコ」 サウンドトラック)(インスト)
→ 穏やかで懐かしい旋律が、郊外の静けさや縁側の記憶にやさしく重なる
▶︎ YouTubeで聴く - YEN TOWN BAND「Swallowtail Butterfly〜あいのうた〜」
→ 郊外の風景にそっと寄り添うような、ノスタルジックで映画的な一曲。過去と現在をやさしくつなぐ
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 14:ローカル飯と亀ゼリー、そして夜の気づき

― ゆるい夜ごはんから、一転して心が走り出す
3日目の夜。昼は郊外を歩き回ってちょっと疲れたので、何となく柯士甸(Austin)駅近くのレストランでチャーハンをかきこむ。味はまあまあ。何となく日本の街中華のチャーハンを期待している自分がいたことに気づく。でも、こういう“ふつう”が今はちょうどいい。
食後は近くの老舗涼茶舗で亀ゼリー。店頭に並べられた漢方薬を煮出すための大きな窯やら効能?が大量に書かれた張り紙やら、相変わらずこの手のお店は観光客にとってハードルが高い。
それでも亀ゼリーを食べたい欲が勝ったので、入店。一番スタンダードな感じのやつを注文する。注文の品が届いて、一口。今回の旅でも何度か食べているけれど、ここの亀ゼリーは格別苦い気がする。でもそれがうまい。店名がそのまま「亀記」だったのも、妙にツボに入る。チャーハンの油はこれで流れた(気がする)。
ふと時計を見ると、思ったより時間が経ってる。
あれ…ピーク行ってないじゃん。定番観光地。
一瞬だけ迷う。今から行けば間に合うっちゃ間に合う。でも、今日はもう行かなくていいやと思う。
ピークからの景色はゆっくりと味わいたいし、特別な機会として旅の最後に取っておきたい気もする。
スターフェリー乗り場までの道を少し早足で歩く。ピークはまた明日行けばいい。けれど、今夜のうちに、もう一度だけあの夜の街を見ておきたくなった。
香港島に到着し、トラムに乗り込む。ここ数日で見慣れたはずの銅鑼湾の夜景が、今夜はいつにもなくキラキラ輝いているように見える。
旅の終わりが近づいてきたことを、なんとなく感じる夜だった。
- 梁漢文「七友」
→ なんでもない夜にふと込み上げる寂しさと焦りを包み込む名バラード
▶︎ YouTubeで聴く - 楊千嬅「小城大事」
→ 静かで、でも胸の奥がざわつくような時間にぴったりの一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 陳綺貞「旅行的意義」
→ “自分はなぜ旅をしているのか”を静かに問いかけてくる台湾の名曲
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 15:寝坊から始まるラストスパートの一日
― マカロニスープと控えめな飲茶で、朝をやり直す
起きたら朝の9時。あれ?昨日あんなに夜更かししたっけ?
そんな記憶はないけれど、何となく寝るのが惜しかったような感覚はある。
とりあえずシャワーを浴びて、安定の朝マックに行くことにする。
寝坊しているので、お店選びにあまり時間をかけたくない。
でもホテルの窓から景色をしばし眺めてしまう。急いでいるはずなのに。
ホテル近くのマック。ローカルのおじさんたちに混ざって、マカロニスープをすする。妙に美味しい気がするし、そうでもない気もする。店頭にはあのちゃんのポスター(でも表記は広東語)、店内BGMはあのちゃんのCMソングとあいみょん。日本だったら洋楽が流れていそうなのに…。香港なのに妙に日本を感じる朝。
ちょっとだけ飲茶も行こうと、近くの点心のお店に入る。 ひとまず普洱茶を頼んで、朝セットの腸粉と馬拉糕を注文。ひと口ずつのんびり味わう。
広東語が飛び交う騒がしい店内といつも通りの相席。前の席に座っているおじさんはまるで目の前には誰もいないみたいな雰囲気でひたすらスマホをいじっている。忙しないのにどこか落ち着く程よい距離感。笑い声と蒸籠の湯気が混ざっている。
オクトパスカードで会計を済ませ、店を出る。広東語は相変わらず分からないけれど、リズムは掴めてきた気がする。
旅の終盤にして、やっと地元の時間の中に入り込めた気がした。
- ano「スマイルあげない」
→ 現地マクドナルドでも流れる、ちょっと気だるくてポップな朝にぴったり
▶︎ YouTubeで聴く - YUKI「長い夢」
→ 寝坊と夢の余韻に包まれた静かな時間を感じさせる一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 蔡健雅「Letting Go」
→ ゆるやかに流れる時間にしっとりと合う普通話バラード
▶︎ YouTubeで聴く - 謝安琪「年度之歌」
→ 日常の中にある静かなドラマを描いた一曲。旅の終盤にふさわしい、心に残る朝のBGM
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 16:博物館とお粥、文化と節約のランチタイム

― 歴史に浸り、胃袋は優しく満たす
朝の飲茶を後にして、MTRで尖沙咀へ。 向かったのはダイナミックな展示で香港の歴史を辿ることができる香港歴史博物館。
街の喧騒とは一線を画す静かな空間。 漁村時代の実物大模型から、植民地時代、返還前後の変遷、展示はまさに“歩く歴史書”。諸外国に翻弄された香港の歴史を知るにはうってつけの場所だ。
昔の街並みや今も現役のトラムの車体、非常に華やかなお祭りの装飾など、様々な観点から過去と今の香港を追体験するような構成に、思わず引き込まれてしまう。争いの歴史だけでなく、人々の暮らしが脈々と紡がれてきたことがしっかりと伝わってきて、数日かけて回った街の光景が思い出される。
香港への興味がさらに増していく。
博物館見学を終えて外に出ると、一気に現代香港の喧騒に飲まれる。
タイムスリップをしてきたみたいな気分だ。
想定よりも博物館に長く居たので、ランチタイムを逃してしまった。
最後の夜に奮発することを考えて節約のためにお粥屋さんで遅めのランチ。観光客が行くような高級なお粥は避けて、ローカル感強めのお店をチョイス。コアタイムを過ぎたお粥屋さんには、既に午後のまったりモードの空気が流れていた。
さて、相変わらずメニューが多い香港のローカル食堂。今度は鶏粥を試してみる。節約モードだけど、だしの旨味を感じる美味しい鶏粥。優しい味が心と身体をほぐしてくれた。
にぎやかな香港の、静かな顔と出会えた午後。
- 陳百強「等」
→ 1980年代香港の繊細なポップス。都市の変遷を静かに感じられるバラードで、歴史博物館の空気と深く共鳴
▶︎ YouTubeで聴く - RubberBand「阿波羅」
→ モダンな感性で今の香港を切り取る一曲。前回の提案から継続。博物館で感じる“記録されない現在”に呼応
▶︎ YouTubeで聴く - 林二汶「愛在人間」
→人間愛をテーマにしたバラードで、温かみのあるメロディが特徴です。
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Scene 17:バス酔いと絶景のあいだで

― 体調不良とトワイライトにまぎれる記憶
午後、お粥ランチを終えたらスターフェリーで再び香港島へ。風を切って渡る短い船旅に心を整え、次なる目的地「ヴィクトリア・ピーク」へ向かって中環碼頭始発の15番バスに乗り込む。座席はもちろん2階席!
2階建てバスはビジネス街を抜け、急な山道をくねくねと登っていく。眼下に広がるのは香港の街並みや海の絶景。2階席からはガードレールが見えづらいので、まるで空を飛んでいるような感覚になる。
…が、ピークに向かう山道でまさかのバス酔いに。
ガタガタ揺れるカーブ、上昇する標高、そして車内の密度。そして額にはじんわりと汗が…。バスがピークに近づくごとに、少しずつ景色を眺める余裕が無くなっていく。
これはまずいと、目的地を当初考えていたギャレリアの展望台から階下のパシフィックコーヒーに変更。
ふらつきながらも入ったカフェでは、たまたま眺めの良い席が空いていた。
せっかくなので、展望台へは行かずにここでのんびりすることにする。
涼しい風、冷たいレモンティー。そして目の前に広がる、まるで絵のような景色。足元に広がる香港島の高層ビル街が、夕焼けのオレンジに染まっていく。
「ああ、遠くまで来たんだな」そんな言葉がふっと心に浮かぶ。
香港という都市の喧騒から一歩引いた、少し感傷的な時間。
日が沈みかけ、街に優しいトーンが重なる。
香港が夜に向かって輝きだすまで、しばし静かな時間を過ごす。
普段は起こらない乗り物酔いのおかげで、思いがけず良い景色が見られた。
人生、何が起こるか分からないな。
- 張學友「夕陽醉了」
→ 夕暮れ時の切なさを表現したバラード。旅の途中での内省的な瞬間に寄り添う
▶︎ YouTubeで聴く - 林子祥「抉擇」
→ 新たな世界に踏み出す決意を歌った楽曲。香港の歴史と人々の想いが感じられる
▶︎ YouTubeで聴く - 周慧敏「最愛」
→ 日本の楽曲をカバーした広東語バージョン。懐かしさと異国情緒が融合した一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 陳奕迅「歲月如歌」
→ 旅の時間をそっと振り返るようなバラード。静かに、でも確かに胸に残る一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 王菲「Eyes On Me」
→ 優しく切ない英語バラード。旅の終盤に漂う静かな孤独感にぴったり
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Scene 18:しっぽり夜更けの香港時間
― 茶餐廳から、楊枝甘露、そして深夜のWellcomeへ
ピークの絶景を見届けたあとは、下界に戻ってしっぽりと茶餐廳でディナー。豪華ディナーを考えてランチをお粥で節約したのに、やっぱりここに戻ってくるんだな…。
提供されたお湯は飲まずに食器を突っ込むのにも、もう慣れた。初めて香港に来たときは飲んでたっけ(実は今回の旅行でも最初飲んだけど)。
頼んだのは豬扒飯(ポークチョップライス)と港式奶茶。 昼間の観光地とはまるで別の地元の時間が流れている空間で、「自分の定番」と化したメニューを味わう。牛の柄のコーヒーカップはこれで一旦見納めかな。
お客さんがそこそこ居るから長居すると迷惑になりそうなので、そそくさと食べて外に出る。
店を出ると、香港の夜はまだ終わっていなかった。
甘いものが食べたくなって、向かったのはおなじみ「満記甜品」。 ラストはやっぱり一番好きな楊枝甘露。もったり甘いマンゴー、プチプチ食感のポメロ、もちもちしたサゴが混然一体となって最高すぎる…!
この余韻がこれまで香港で過ごした日々の記憶を引っ張り出す。
同時に、旅の終わりが近いことを実感する。
「あと何回、香港に来られるだろう」 甘さの中にほんの少し、切なさが混じる。
でも、まだ終わらない。お土産のことをすっかり忘れていた…。無計画な旅だとありがち。
駆け込んだのは近くのWellcomeスーパーマーケット。銅鑼湾の店舗は24時間営業で便利。
ただノープランで行ったのが良くなかった。目に付くのはインスタントの出前一丁とかマカロニスープとか、多分買って帰っても自分は食べないようなものや、日本でも買えそうなお菓子(今食べたい)ばかり…。
全然方向性が定まらない自分に、自分でツッコミを入れてみたりする。
でもとにかく何か買いたい。できれば日本に絶対売っていないようなものを。
気合いで謎のスナックを買い物袋に突っ込む。ついでにビールも少々。レジ袋が有料なので、お土産になりそうなエコバッグも買う。
お会計が意外と高い。ついさっきまで全く気に留めてなかった香港の物価がここで気になりだす。
エコバッグに買い込んだ品々を詰め込んで、ホテルに戻ってパッキング。 厳しいLCCの荷物ルールと格闘しながら、スーツケースに荷物を詰め込んでいく。パッキングがひと段落し、お土産の謎スナックをつまみに晩酌(これは毒見なのでノーカウント)。
最後の夜。物が減ってスッキリしたホテルの部屋。
テレビも付けず、静かに香港の深夜を味わう。
- 何韻詩「極夜後」
→ 静寂と内省をテーマにした楽曲で、夜の香港の雰囲気にぴったり
▶︎ YouTubeで聴く - 陳奕迅、王菲「因為愛情」
→ 過去の愛や時間を静かに肯定する名デュエット。夜の甘さと寂しさに寄り添う
▶︎ YouTubeで聴く - YUI「TOKYO」
→ 旅の終わりと始まり、希望と喪失感を描く。帰る街を思い出す切ないJ-POP
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Scene 19:旅の終わり、名残惜しさを抱えて

― 早茶と茶餐廳、そして空港へ
最終日。ホテルをチェックアウトする前に、もう一度だけ“早茶”を味わいに行く。朝の時間帯はローカル客が多く、どこか張り詰めたような空気が漂っている。目まぐるしく移り変わる香港を象徴する場所。
ワゴン式の店で、蒸籠から立ちのぼる湯気を眺めながら、前と比べて緊張しなくなった自分に気づく。皮蛋粥と焼売、馬拉糕、そして普洱茶。観光で来ているはずなのに、もう日常のような時間がそこにある。
チェックアウト後はスーツケースをホテルに預けて、最後の茶餐廳へ向かう。やっぱり頼んだのは豬扒飯と港式奶茶。この旅で何度も頼んだ組み合わせ。
昨日で食べ収めだと思っていたのに、やっぱり今日も食べている。
牛柄のコーヒーカップが、まるで「また来いよ」と言ってくれているようで、しばらくその手元を見つめてしまった。
「次はいつ来られるかな」
昨日からもうこれしか考えていない自分。
ホテルで預けたスーツケースをピックアップし、銅鑼湾からMTRで香港駅へ。思い出を詰め込んで香港到着時よりも明らかに重くなっているスーツケースは、運ぶのがちょっと大変。
そこから機場快線に乗り換え、空港へ向かう。車窓に広がるのは、旅の間ずっと歩いてきた街。ビル群、高速道路、空港へ向かうタクシー。見慣れた風景や思い出のかけらを無意識に探してしまう自分がいいる。
近くて、遠い街。
空港に到着。LCCのチェックインカウンターは相変わらず長蛇の列。でも、どこかそれさえも懐かしく思えてくる。荷物を預けて出国審査を終えたら、もう旅の終わりはすぐそこだ。
出国ゲートをくぐるその瞬間、香港での数日間が過去になる。
ちょっと背筋を伸ばして、あの街の光と湿気を心に焼き付ける。
- Misia「名前のない空を見上げて」
→ 旅立ちの空と再会の願い。旅の終わりの切なさに寄り添う一曲
▶︎ YouTubeで聴く - 皆谷尚美「遠いこの街で」
→ 異国で過ごした時間をそっと振り返る、旅人のための名曲
▶︎ YouTubeで聴く - 岑寧兒「風的形狀」
→ 香港の風景と重なる、繊細で優しい旋律が心に残る広東語ポップス
▶︎ YouTubeで聴く
Scene 20:最後の空港グルメ
― 物価の高さと、馴染みの味
出国ゲートをくぐったその先。
そこに広がっていたのは、“裏香港”とも言うべき、静かで近代的な空間。
免税店が並び、バーのグラスが光り、自販機ですら気取ってる。
でも俺たちには最後の気力がある。現金はほぼないけれど。
「最後に菠蘿包……いや、待て。おにぎりを試してみるのも良いかも?」
そう、香港最後のフードに選んだのは、セブンイレブンの隅にぽつんと佇んでいた“日本のソウルフード”。
旅のラストバトル、勝者はまさかのおにぎり。
高くて笑った(しかもぶっちゃけ日本よりも美味しくない)。これもまた香港。
「また来るからな」と心の中でつぶやきながら、搭乗口へ。
機内ではもちろん何も出ないLCC、でももう何もいらない。
思い出が満タンだから。
- Mr.Children「終わりなき旅」
→ 旅の終わりに聴きたくなる、静かな力強さを持つ名曲。迷いや不安も抱えながら、それでも前に進む——そんな心境に寄り添う
▶︎ YouTubeで聴く - Official髭男dism「115万キロのフィルム」
→ 思い出を一つひとつ確かめるように流れるバラード。旅の記憶を丁寧にたどりながら、次の“フィルム”に想いをつなぐ
▶︎ YouTubeで聴く - Beyond「海闊天空」
→ 広東語ロックの金字塔。“どこまでも続く空と海”に重ねて、自由と希望を抱いて旅立つ心を後押しする一曲
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Scene 21:エピローグ
― 羽田の窓辺で、旅をもう一度
無事に羽田空港に到着。東京はすっかり夜になっていた。
LCCの狭い座席と格闘した体を引きずりながらも、まっすぐには帰らない。
立ち寄ったのは、空港内のカフェ。
コーヒーの湯気の向こうに、つい数時間前まで過ごしていた香港の街が浮かぶ。
手帳を開き、旅の記憶を一つずつ書き留める。
港式奶茶の感触、トラムの軋む音、ネオンのきらめき、そしてコンビニの冷えたおにぎり——
全てが、まだ体の奥に息づいている。
ポケットには、使い切れなかった香港ドルの小銭とオクトパスカード。
これらはまた旅に出るための“切符”になる。
“あばよ”じゃない、“また来るぜ”という気持ちとともに、そっとポーチにしまう。
現実に戻るまでの、ほんの短いインターバル。
でも、ここにある静けさこそが、旅の余韻を最も豊かにするのかもしれない。
- 竹内まりや「Your Eyes」
→ 旅の終わりに、優しく包み込むような歌声。羽田空港のカフェのBGMにふと流れてきそうな静謐さの、山下達郎のカバー
▶︎ YouTubeで聴く - Faye Wong(王菲)「人間(ヒトトナリ)」
→ 香港で愛され続けるフェイ・ウォンの静かな名曲。温かさと孤独を同時に抱える“旅人”の心に寄り添う
▶︎ YouTubeで聴く - 何韻詩(Denise Ho)「似是故人來」
→ 原曲の風情を引き継ぎつつ、香港アイデンティティを感じさせるカバー。過ぎ去った時間に思いを馳せる最後の一曲
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香港旅行プレイリストまとめ:旅の終わりに、音楽とともに
今回のプレイリストは、妄想旅という形をとりながらも、実際の旅行経験や現地で感じた空気感をベースに構成しました。
音楽を手がかりに、シーンごとに香港の街を歩いているような感覚を目指した企画です。
収録した各シーンのスポットやルートは、実際にアクセス可能な観光地やローカルスポットが中心です。
・ピークトラムやスターフェリーのような定番観光地から、
・沙田やPMQなどちょっと足を伸ばす場所まで、
初めての方にも、リピーターの方にも楽しめる旅程構成にしています。
そして、各シーンに添えたBGMは、
香港の情景にマッチすることを第一に、
・広東語のポップスやバラード、
・J-POPやインストゥルメンタルなど、
ジャンルを超えて「旅の記憶を彩る曲たち」を厳選しました。
使用した音源はすべてYouTubeで公式公開されているものなので、どなたでもすぐにアクセス可能です。
プレイリストを活用するには?
- 実際に香港旅行を予定されている方:旅の場面ごとに曲を再生しながら歩いてみてください。
- 旅の後の余韻を楽しみたい方:記憶を辿る“心のリプレイ”にどうぞ。
- まだ香港に行ったことがない方:プレイリストを聴きながら、バーチャル旅に出発できます。
この旅程はフィクションですが、
香港という都市の“喧騒と静寂”“熱とやさしさ”を伝えることができたなら幸いです。
街角の茶餐廳、歴史博物館の静けさ、
そして空港で買ったおにぎりの味まで——
全部が旅の一部。全部が香港の顔。
また次の旅で会いましょう。
その時もきっと、BGMとともに。
-End of Playlist-
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