遡ること数週間、2024年のクリスマス前。
ミュージカル「レ・ミゼラブル」を観るためにリヨンからはるばるパリに遠征してきました!
「レ・ミゼラブル」といえばフランスの巨匠ヴィクトル・ユゴーの長編小説であり、日本では「ああ無情」として知られる作品。
特にロンドンやニューヨークで成功を収めたミュージカル版は原作で語られる愛、赦し、社会正義といったエッセンスを見事に表現し、日本を含む各国で人気を博しています。
ミュージカル版は2012年にはヒュー・ジャックマン主演で映画化もされたのは記憶に新しいところですね。
一方で本家本元のフランスでは、「レ・ミゼラブル」自体はドラマになったり新解釈により映画化されたりと人気の題材であるものの、色々な要因からミュージカル版はあまり上演されません。
そんなミュージカル版がなんと自分のフランス留学中に、しかも物語の舞台となったパリで上演される!この機会を逃すのはありえません!
ということでそのときの感動をレポします。臨場感が少しでも伝われば嬉しいです。
ミュージカルの専門家でも何でもないので色々間違っているかもしれませんが、そのあたりは温かい目で読んでいただけると嬉しいです。
「レ・ミゼラブル」のあらすじと主要な登場人物
簡単なあらすじ
19世紀フランス、貧困と革命の嵐が吹き荒れる時代を舞台にした群像劇。
主人公ジャン・バルジャンは、姉の子供を飢えから救うために一切れのパンを盗んだ罪で投獄されます。その後脱獄を試みたりしたこともあって刑期は延び、結局合計19年間服役することになります。
やがて仮釈放された彼は仕事をして真っ当に生きようとしますが、元囚人ということを示す黄色いパスポートを所持していることから危険人物の烙印を押され、仕事や宿を得られずに社会から冷遇され続けます。そこに司教ミリエルが現れ慈悲を施します。
司教の家にあった銀食器を盗み、一旦はその慈悲を反故にしたバルジャンでしたが、「その銀食器は私が彼に与えたものです。」と話し、更に銀の燭台もバルジャンに与えます。司教ミリエルの更なる慈悲の心に触れたバルジャンは、改心し名前を変えて新しい人生を歩む決意をします。
そこからバルジャンはマドレーヌと名前を変えて事業で成功を収め、やがてモントルイユ=シュル=メールの市長となりますが、執拗に彼を追い続ける警官ジャベールの存在が彼の平穏を脅かします。一方でバルジャンは、彼の運営する工場で働いていたものの職を負われて娼婦にまで身を落とした未亡人ファンティーヌを助け、彼女の死後、娘コゼットを引き取り育てることを誓います。
コゼットは預けられていた宿屋でテナルディエ夫妻と娘エポニーヌから虐待を受けていました。コゼットを見つけたバルジャンはテナルディエ夫妻から彼女を引き取り、刑事ジャベールの追跡をかいくぐりながら自分の娘として育てます。
コゼットは成長し、パリで革命運動に身を投じる若者マリウスと恋に落ちます。一方で同じころ、成長したエポニーヌやテナルディエ夫妻を筆頭にする犯罪集団もパリで暗躍していました。マリウスに恋をしていたエポニーヌでしたが、マリウスとコゼットの恋の成就に手を貸します。
そんな中、ラマルク将軍の訃報を受けてアンジョルラスやコンブフェールといった若者が決起し六月暴動が発生。若者は市街地にバリケードを築き警官隊と闘いますが、市民から見捨てられ孤立した若者は次々に命を落としていきます。コゼットのマリウスに対する恋心を知ったバルジャンは、バリケードからマリウスを救い出します。
これまで執拗にバルジャンを追っていたジャベールでしたが、物語の終盤、自らの信条に反しバルジャン(と瀕死のマリウス)を見逃します。自分の正義感とバルジャンの慈悲心の間で葛藤しアイデンティティの揺らいだジャベールは、セーヌ川に身を投げて命を絶ちます。
場面は変わり、結婚を計画するコゼットとマリウス。バルジャンは自分の過去がコゼットの将来に悪影響を与えることを危惧し、マリウスに真実の一部を伝えて姿を消します。
コゼットとマリウスは結婚式を挙げますが、その場にテナルディエ夫妻が現れたことにより、マリウスを救ったのがバルジャンだったことが判明し、マリウスはコゼットと共にバルジャンの元を訪れます。
バルジャンは最期にコゼットに過去の人生についてしたためた手紙を渡し、静かにその生涯を閉じます。
「彼は眠る。数奇な運命に操られたが、それに耐えて彼は生きた。彼は死んだ、その天使を失ったときに。こうしたことはしぜんに、ひとりでに起こった、昼が去ると夜がおとずれるように。」
Il dort. Quoique le sort fût pour lui bien étrange, il vivait. Il mourut quand il n’eut plus son ange, la chose simplement d’elle-même arriva, comme la nuit se fait lorsque le jour s’en va.
主な登場人物
主な登場人物は以下のとおりです。
登場人物 | 説明 |
---|---|
ジャン・バルジャン | 主人公。力が強いため「ジャッキのジャン」というあだ名が付いた。19年間の監獄生活で心が荒み切っていたが、司教ミリエルの慈悲を受けて心を入れ替え、善悪の狭間で葛藤しながらも他者への愛と赦しを実践する。「人は変われる」「社会正義」を体現する人物。 |
ジャベール | 牢獄生まれという不幸な生い立ちから、法律を絶対視するようになった警官。「悪人はずっと悪人であり変わることはない」というのが彼の信条。バルジャンを追い続けるが、彼の行動を見るにつけ自らの信念に疑問を抱くようになる。ジャンバルジャンのアンチテーゼ。 |
ファンティーヌ | 女手一つで娘コゼットを育てるシングルマザー。当時はシングルマザーが職を得るのが難しかったため、コゼットをテナルディエ夫妻の経営する宿屋に預けることに。しかし職場でのやっかみや不幸な手違いにより職を追われた末に娼婦にまで身を落とし、悲惨な最期を迎える。人を見る目が絶望的に無い「だめんず・うぉ~か~」タイプ。 |
コゼット | ファンティーヌの娘。テナルディエ夫妻の経営する宿屋で虐待されていたが、バルジャンに引き取られる。マリウスと恋に落ちる。後半は空気。 |
マリウス | 革命運動に身を投じる若者。コゼットへの愛と仲間への忠誠に揺れる。コゼットのストーカー。 |
テナルディエ夫妻 | 悪徳宿屋の夫婦で金のためなら手段を選ばない。嘘の病気をでっち上げたりしてファンティーヌからお金を搾り取る。物語の中で滑稽かつ邪悪な役割を果たす。 |
エポニーヌ | テナルディエ夫妻の娘。マリウスへの叶わぬ恋と自己犠牲が、彼女の悲劇的な魅力を際立たせる。彼女のナンバー「オンマイオウン」は名曲。 |
ガヴローシュ | 浮浪児の少年。勇敢に戦いながら命を落とす。 |
様々な身分や年代の人々の人生ストーリーが交錯するのがこの物語の面白さです。
レ・ミゼラブルの世界を味わえる作品群
レ・ミゼラブルはかなりの長編作品なので、全て理解するのは少々骨が折れますが、有名作品だけあって親しみやすいフォーマットもたくさんあります。
ここでは筆者も観たり読んだりした関連作品群をご紹介します。舞台を観る前に触れておくと理解が深まって感動が何倍にもなります。
まずは何といっても映画版!ヒュー・ジャックマン、ラッセル・クロウ、アン・ハサウェイなど名優がそろい踏みで、壮大なスケールとハリウッド俳優の歌唱は鳥肌モノです。
続いてはコゼットを主役に据えて子供向けに多少のアレンジを加えた作品。
アニメではありますが大人の鑑賞にも耐えるクオリティー(悲惨な部分はしっかり悲惨)です。ミュージカル版では省略されたエピソードや人物もしっかりカバーされているので、原作を読む前の入門編としてもピッタリ!メッセージもしっかりと伝わってきます。
ある程度物語を把握したらぜひ本にも挑戦してみてください!
漫画から入ってみるのもおススメです。
もちろん原作に近いところにトライするのもあり!ストーリーがある程度頭に入っていれば読み切れるはず。
会場は何と物語の舞台・パリ!
レ・ミゼラブルといえばやっぱりフランス!
今回ミュージカル「レ・ミゼラブル」が上演されたのは、パリのシャトレ劇場(Théâtre du Châtelet)。
セーヌ川が目の前にある絶好のロケーションで、物語への没入感がすごい!交通も便利です。
しかも演目に合わせてなのか、パンフレットを配るスタッフさんも全員アンジョルラスやマリウスが付けているようなトリコロールの円形バッジ(コカード)を付けています。
こちらの映像で主要キャストが胸に付けているやつです。
アベセの会の会合に紛れ込んだみたい!
観劇前から街の雰囲気を感じつつ作品世界に浸れるのは、パリならではの特権です。
ミュージカル版はフランスでは不人気?
そんな素晴らしい環境ではありますが、意外なことにフランス国内では「レ・ミゼラブル」のミュージカルはあまり上演されてきませんでした。
理由はいくつかあるようで、例えばミュージカル版が英語圏最初に高評価を得たためフランス人には「外国のもの」として捉えられるようになったという話があったり、ミュージカルという文化がオペラや演劇を主体とするフランスの舞台芸術文化にあまり根付いていないといった文化的な事情があったり。
またフランス革命後の混乱期のフランス社会を描いた硬めの作品を「娯楽作品」として受け入れることに抵抗を感じるフランス人が多いことも、フランスでこのミュージカル版が敬遠される要因のひとつになっているようです。
本場だからこその理由といった感じですね。複雑…。
しかし、今回の公演では観客席は満員で熱気に溢れていました。
外国人観光客と思しき観客も一定数いましたが、客席では英語は聞こえませんでした。年齢層も幅広かった印象です。そのため前述のような複雑な事情は感じず。
フランス語が飛び交う中での観劇ということで、更に没入感が強かったです。
中にも外にも作品世界が広がる
そんな感じでシャトレ劇場の中はまさに「レ・ミゼラブル」の世界!といったところでしたが、幕間にワインなどを販売する場所であったり、そこから出られるテラスにも「レ・ミゼラブル」の世界が広がっていました。
ワインを飲みながらテラスからパリの夜景を見ていると、何だか当時のパリに居るような気分になってきます。
さらに劇場内には「レ・ミゼラブル」に関する文物の展示もありました!ヴィクトル・ユゴー記念館が近くにあるのも関係しているのかもしれません。
ロンドンや東京でミュージカル版「レ・ミゼラブル」を観たときも非常に感動しましたが、この没入感は唯一無二。
シャトレ劇場の近くには物語の関連スポットも
観劇自体も素晴らしい体験ですが、関連スポット巡りも楽しいです。
少し東に行くと前述のヴィクトル・ユゴー記念館(Maison de Victor Hugo)がありますし、アルマ橋のたもとにあるパリ下水道博物館(Musée des Égouts de Paris)ではジャン・バルジャンがマリウスを背負って進んだ下水道の雰囲気を体感することもできます。
他にはジャベール警部が勤めていた(と思われる)警察署(Préfecture de Police)が近くにありますし、さらにシャトレ劇場の目の前には彼が物語終盤にセーヌ川に飛び降りたシャンジュ橋(Pont au Change)が掛かっています。
筆者は観劇後にシャンジュ橋を渡ってホテルに戻ったのですが、橋から寒々しいセーヌ川を見下ろして何とも言えない気分になりました。
他にも周辺には沢山の関連スポットがあるので、マニアにはたまらないですねー。
演出とか舞台装置とかいろいろ
オーケストラピットは舞台の後ろ
シャトレ劇場ではオーケストラが舞台の後方に配置されていました。
これまでミュージカル版を観た際はオーケストラピットが舞台の前方にあった気がするので、ちょっと意外。
最初は「どうかな?」と思いましたが、実際にミュージカルが始まると、音楽が舞台全体を包み込むように響き渡って、音楽と演劇が更に一体になっている感じで没入感を楽しむことができました。
色々な使い方をするセットが面白い
舞台装置の工夫も見どころの一つ!
今回は台形のような不思議な形のセットが回転したり上下に動いたりして、シーンごとに全く異なる風景を描き出します。
バリケードの場面も非常によく作りこまれていて、自分もまるで革命の中心にいるかのような臨場感を味わえました。
また劇場にはセットに関する説明も展示されていました。自分の席から遠い場所だったので帰り際しか見る機会がありませんでしたが、舞台を見終わった後だと色々な発見があって興味深かったです。
英語・フランス語併記の字幕が優しい
今回の舞台は当然ながら全てフランス語ですが、字幕は英語とフランス語で併記されており、言語の壁を最小限にする配慮が感じられました。さすが国際的に高い人気を誇る演目!
フランス語の歌詞に馴染みのない観客でも物語をしっかり追える配慮が嬉しかったです。
ただ一方で、一回に表示される字幕量が割と多かったり、一部表示されていない場面があったりと、どうしてもフランス語ネイティブスピーカー向けの内容であることは否めないのも事実。
全くの初見&フランス語が分からない人は置いてけぼりになってしまっていたかもしれません。
観劇の総評
パフォーマンスについて
パリでの「レ・ミゼラブル」はこの一回しか観ていないので他の役者との比較はできませんが、歌や演技の迫力はさすがといったところ。
特に主演2人(ジャン・バルジャンとジャベール警部)の声量は圧巻で、筆者はかなり高い階から観ていたのですがしっかりと熱量が伝わってきました。
革命のシーンも胸が熱くなりましたね。フランス語だからなのか?かなりリアルな感じがしました。
その他の場面でも十分内容を把握することができましたし、感動的なシーンではやっぱり感動しました。フランス語なのでどこまで感情を読み取れるか不安がありましたが、杞憂でした。
一方で舞台の転換が多く目まぐるしく場面が変わっていくのは、時系列が長期間にわたる長編小説を数時間の演劇にまとめ上げたこの作品の宿命かもしれませんが、慣れていないとちょっと疲れるかもしれません。
テナルディエがコンマスと絡む場面が笑えた
このミュージカルの凄いところは、かなり重い話にも関わらずちゃんとユーモアも取り入れており、時々クスっとする場面があること。
特に当時の世相のダークな部分を凝縮したようなキャラクターであるテナルディエ夫妻が登場する場面は面白おかしい演出が多く、コゼットの名前を間違える定番のギャグシーンに加えて、後ろのオーケストラのコンサートマスター(コンマス)と絡む場面もあり、会場全体が笑いに包まれていました。
暗い場面や悲惨な場面にあえて楽しげな曲を持ってくるのも皮肉が効いていて結構好き。
このような演出は今回のパリで初めて観ましたが、こうした細かい演出が観客との距離を縮めてくれるんですね。
やっぱりフランスで聴きたい「フランス万歳!」
これまで幾度となく英語や日本語で「フランス万歳!」のセリフを聴いてきましたが、今回のミュージカルでようやっと本場の熱気?の中でこのセリフを聴くことができました。感無量!
英語版でもちょくちょくフランス語が挟まれるのですが、個人的にかなり違和感がありました。その意味で今回のミュージカルは胸のつかえが取れたような感覚です。
英語版との違いについて
あとは意外と歌詞が英語版と色々違った点も面白かったです。
個人的にはコゼットの歌がかなり違った印象(「雲の上のお城」が歌詞に出てこなかった)。もしかしたら一番違ったかもしれません。
それ以外には、ファンティーヌが落ちぶれて娼婦になる場面では、相手役男性(=女を買いに来たお客)の演技が色々と生々しかったですね。
日本ではもちろん、ロンドン版でもそこまで露骨ではなかったのでちょっとビックリしました(凄い腰振ってた)。
観客席からは笑いが起きていましたが、個人的に(ここって笑うところ?)とは思いました。感性の違い。
まとめ
今回はパリのシャトレ劇場でミュージカル「レ・ミゼラブル」を観てきた感想記事を書きました!
これまでに何度も観た演劇なのでストーリーやら楽曲やらについてはある程度の知識はありましたが、それでも新しい発見や感動がありました。
また演劇自体の良さはもちろんのこと、周辺の環境も物語の舞台の一部のような感じがあり、そのような中で観劇できたのは非常に良い経験になりました。
以上です。
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