海外留学で学問と並び重要なのが卒業後のキャリア形成。
筆者が留学している大学(ジュネーブ&リヨン)でも、以下のようなトピックのイベントがキャリアサービスによって度々開催されています。
- ジョブフェア(いわゆる合同就職説明会のようなもの)
- 履歴書の作り方セミナー
- 面接の受け方セミナー
- リンクトインの使い方セミナー
このなかでもキャリアサービスと比較して若干異質なのがリンクトインの使い方セミナーではないでしょうか。
リンクトイン(LinkedIn)といえば登録人数が世界で9億人を超える世界最大規模のビジネス特化SNSであり、名刺代わりにアカウントを交換するのはもはや常識。
またビジネス上の情報交換だけでなく、仕事を探している人と誰かを雇いたい人がマッチングする場としても利用されるほか、学生がこれから就職したい業界にコネクションを作るために使うことも非常に多いです。
就職活動に必須なので、大学で専用の講座を設けてまで学生にリンクトインのノウハウを教えるんですね。
もはや就職希望の学生を含めて全ビジネスパーソンが登録必須ともいえるリンクトイン。欧米は言わずもがな、東南アジアや中東でもアカウントを持っていないビジネスパーソンを探す方が難しいほどです。
ただ、なぜか日本では海外ほどアクティブに使っている人をあまり見かけません。
日本にいたときはリンクトインがここまで重要なSNSだと思っていませんでしたが、日本を出て考えが変わりました。
本記事では、日本以外の世界でスタンダードなリンクトインがなぜ日本で流行らないのか、その理由を考察したいと思います。
イメージの問題
リンクトインは日本以外の労働市場をベースにした発想が根本にあるため、日本で日本語を使って生活していて、かつ日本国内の企業にしか興味がない人にとってはなかなか遠い存在です。
言語の壁
まず第一に考えられるのが、言語の壁(があると日本人が思っていること)。
リンクトインが日本発のサービスではないので初期の利用者は当然英語を使っていますし、もしそのような環境で日本のユーザーがリンクトインを利用する動機を考えるなら、それは海外のユーザーにアクセスすることになります。
さらに日本人のユーザーが少ない状況であったり、日本国内につながりたい相手がいなければ、そりゃつながりたい相手に合わせて英語で書きますよね、という話です(つまり日本語で書いても誰ともつながれない&誰にも読まれないので日本語を使うメリットが非常に少ない)。
しかも英語で書いている人たちは海外の労働市場に近い考え(転職は普通)のため、外資系で働いている人や外資系に転職したい人が割合としてはどうしても多くなります。
そうなるとリンクトイン=英語=外資系転職というイメージが形成されるので、リンクトインを敬遠する日本人が多いのも分かります。
この傾向はインターフェースの改善や日本国内の利用者の増加によって緩和されてきているようです。
SNS文化の壁
リンクトインでは不特定多数に向けて実名や職歴といった個人情報を晒すことになりますが、これ自体も日本の文化を考えるとなかなか馴染みづらいのではないでしょうか(Mixiや初期のFacebookもハンドルネームを使う人が結構いましたよね)。
さらにリンクトインはただ交流するだけの他のSNSとは異なり、いわばオンライン履歴書とでも言うべきもの。
日本でも就職・転職活動で履歴書や職務経歴書を使いますが、リンクトインは海外仕様のため、日本で使われる書式のような決まった様式があるわけでもなく、個人のスキルや経歴を長々とひたすらアピールするための様々な記入欄が延々と続き、それらの項目を全て埋めていくことになります。
記入欄の多さや考えなければならないことの多さが日本の履歴書の比ではないうえに、日本ではほとんど聞かれないような見慣れない項目も沢山!
しかもそこはアピール慣れしていない日本人のこと、実名登録のハードルは超えられても今度は実用的なプロフィールを書くというハードルがあるので、使いこなせるようになるにはかなり時間と労力がかかります。
おまけに特定のスキルよりも所属企業でのステータスや人間関係が重要とされる日本企業に勤めているビジネスパーソンから見ると、どう書いたら効果的にこのプラットフォームを使えるのかが分かりません(視点が違い過ぎて何をどう書いたら良いのかサッパリ)。
日本の履歴書は部署名を淡々と書き連ねますが、リンクトインは何を達成したかが重要。視点が違い過ぎてこの段階でつまずく人が続出しそう。
もし頑張って自力でプロフィールを完成させたとしても、どう利用するのかイメージがつかない状況ではやっぱり足が遠のくのも分かります…。
これがおそらく「とりあえずアカウントを作ったけど放置」する人が多くなる原因ではないでしょうか。
さらに公開範囲も問題。例えば海外のリクルーターに見つけてもらいたいなら公開範囲を広げることになりますが、公開範囲を広げると会社の上司や同僚、友人などにリンクトインの情報が筒抜けになる可能性も上がるので、なかなかのジレンマ。
外資系転職のイメージが付いているので、良からぬ噂が立てられてしまう可能性もゼロではありません。
ブランディングの壁
あとはブランディングの都合なのかもしれませんが、リンクトインを使うのが意識が高いと言うか、感度が良い人というマーケティング?風潮?があることも少し引っかかるところだったりします。
個人的に日本人もリンクトインを使うべき!という立場ではなく、自分自身が半ば必要に迫られて使うようになったためか、何だか違和感があります。
しかも日本のリンクトインが感度の高い人の集まりになるのは、それはそれで歪んでいるような気が…。
単なるビジネスパーソン同士の交流プラットフォームとして捉えている自分にとっては、参加のハードルを上げられている感じがします。
確かにリンクトインの戦略は色々とあることを大学院で学んだので、感度が良い人がよりうまく使いこなせるのは事実なのかもしれませんが、あまりに色々気にしすぎるのはSNSにしては何だか窮屈すぎる気もします。
ビジネス特化SNSが日本社会になじまない
日本ではビジネス特化のSNSがあまり必要とされていないという理由もありそうです。
ビジネスとプライベートの垣根があいまいな日本
日本はビジネスとプライベートの垣根が欧米ほど明確ではありません。
象徴的な例が、友達と繋がるために開発されたFacebook。Facebook発祥の地である欧米では本当に親しい友人だけの交流プラットフォームですが、「友達」の範囲や概念が欧米とは大きく異なる日本では、親しい友達のみならず仕事上の付き合い関係もFacebookに持ち込むことになってしまいました(日本における「友達」は欧米よりも非常に多義的ですし関係も多層的です)。
職場の上司や同僚がFacebookの友達申請をしてきて断りづらい…なんていう話題がよくありました。
ただFacebookで仕事関係の投稿をするのは憚られるのも確か…。そのあたりの調整が難しいのも日本らしいと言えば日本らしい点かもしれません。
また日本にはインフォーマルな付き合いの場として、様々な形態の飲み会があります。
飲み会の機会を利用すれば普段交流の無い他の企業や他部署の人々とも仕事の話ができるため、インフォーマルの場に仕事の話を持ち込まない欧米の職場文化と比較すると、日本ではビジネスの話題だけを話すオンラインの場をわざわざ作らなくても事足りてしまうという点もあるかもしれません。
対面での関係構築を重視する日本
リンクトインの主要な使い道のひとつが、先にも少し触れた企業や学校などのカテゴリーからつながりたい相手につながり申請を送ってネットワークを広げていくこと。
就職や転職の際はもちろん、海外大学院にアプライする際にも希望するプログラムの学生にコンタクトを取って学生生活について聞くことがあります。リクルーターもそのようなネットワークを確認してオファーを出したりします。
ビジネス上の関係性がリンクトインというSNS上で可視化されるということですね。
ただ日本では、ビジネス上の人脈形成以外にも人間関係についてウェブ上の関係からスタートするということ自体がまだまだネガティブにみられる傾向が残っています(マッチングアプリがきっかけで結婚する人を何となく下に見る人がいるようなことも未だにあるように)。
異業種交流会や勉強会のような対面のビジネスパーソン交流イベントは大量に企画されていますが、オンラインでビジネス上の関係を構築していく過程が当たり前になるのはもう少し時間がかかりそう。
ビジネスについて発信するインセンティブがない日本
リンクトインのもうひとつの重要な機能といえば、ビジネスや自信の成功体験などを発信する場。新しい仕事を始めたり昇進したりといったビジネスマイルストーン達成のポストはよく見かけますし、ビジネスに関係する気づきを定期的に発信する人もいます。
彼らはそうしてリクルーターの目に留まる機会やネットワークを拡大する機会を増やしているんですね。
海外であれば各々が各々の戦略に基づいて当たり前にそのようなことをやっていますし、そのようなポストに対してはポジティブな反応が多く、他人の成功を賞賛する文化があります。
ただ、積極的なアピールや目立つことを良しとしない日本の環境でそれをやるとどうでしょう。
まず間違いなく嫉妬ややっかみを招きますし、最悪足を引っ張られるようなこともあるかもしれません。
能ある鷹は爪を隠す、秘すれば花、出る杭は打たれる…
定期的にポストすることで社会的な認知度が上がる可能性はもちろんありますが、このような場に不慣れな日本人に囲まれている環境であれば、むしろ慎重に行動する(目立たない)ほうが長期的に見てデメリットを被る可能性は低いでしょう。
専門領域が中途半端になりやすい日本
日本の大企業では現在もジョブローテーションを通じたゼネラリスト育成が普通に行われています。
そのため、海外のように同じ分野の専門性を持ちながら複数の企業を渡り歩いていくというキャリアパスではなく、複数の浅めの専門性を持つキャリアパスになりがち。企業によっては次の担当分野すら分からないこともあります。浅い専門性しか持たないため、その領域に関する突っ込んだ話ができません。
リンクトインに限らず、海外では専門領域の可視化とセルフブランディングはキャリア構築を考えるうえで欠かすことのできない事項です。
そのうえで、リンクトインでは特定の領域に深い見識を持つビジネスパーソン同士が情報発信や交流を通じてネットワークを広げていきますが、専門領域がイマイチ定まらない日本のビジネスパーソンは自分の立ち位置が見つけられない状況に置かれてしまうでしょう。
リンクトインと日本型雇用慣行の相性が悪い
独特な日本型雇用慣行や、そこから生まれる雇用の流動性の低さにも原因を求めることができるかもしれません。
転職用のサービスが既にたくさん存在する
海外であればジョブディスクリプションが明確なので、スキルや実績を列挙したリンクトインは履歴書として国内・海外問わず就職・転職の機会で活用することができますが、日本の場合は企業側が明確なジョブディスクリプションを提示することが少なく、スキルセットや実績がどのように就職・転職で考慮されるかが不明瞭だったりします。
つまり、海外の労働市場に最適化されたスキルベースのリンクトインと、日本の企業が求める人物像重視の採用方法には、どうしても埋められない齟齬があります。
さらに、日本国内の就職・転職であれば既に日本型雇用慣行に最適化されたサービスがいくつも存在しています。そのようなサービスは日本発の法人も多く、海外発と比較すると何となく信頼度も高くなります。
そのようなサービスに求人を出している企業(外資系を含む)に応募するのであれば、わざわざリンクトインのような日本では問われないような内容まで大量の情報を掲載しなければならないようなSNSを使う必要がありません。従来の方法で足りるのであれば、わざわざ新しく別のサービスを利用するインセンティブは働かないですよね。
リファラル採用にしてもSNS経由で知り合ったコネクションは使えず、職場で知り合って一緒に働いたような実績を重視します。リンクトインの推薦者機能のようなものは一切使いません。
そもそもまだ転職が少ない
雇用の流動性がまだ高いとは言えない日本の労働市場。
よほどのことをしない限りはクビはならないので、もし同じ企業に留まって働き続けるのであれば、ビジネス情報を発信したり国内外の労働市場に目を向ける必要は一切ありません。
むしろ目立つことで良からぬ噂を立てられたり足を引っ張られたりする可能性すらあります。
もしそういった人材が転職に興味を持つとすれば国内の大手企業のポジションかと思いますが、未だに新卒一括採用が多い大企業では中途採用枠自体がまだそこまで多くなく、リンクトインで積極採用を行っている企業もまだまだ多くありません。そのため、日系の大企業にリンクトインがきっかけで転職するというのもちょっと考えづらいです。
つまり求職者自体が少ないので、リンクトインを転職目的で使う日本人も少ないということになります。
「リンクトイン」と検索すると「足跡」「バレる」などのワードが付いてくるあたり、転職に対する風当たりはまだまだ強そうです。
まとめ
本記事では、海外(日本以外の全て)でもはや必須のビジネス特化SNS・リンクトインがなぜか日本で流行っていない理由について分析してみました。
改めてまとめると以下のとおりです。
- イメージの問題→言語や日本の独特なSNS文化が障壁になっている
- ビジネス特化SNSは日本文化になじまない→日本式ビジネスコミュニケーションとリンクトインの相性が悪い
- ビジネス特化SNSは日本型雇用になじまない→日本型雇用制度とリンクトインの相性が悪い
やっぱり日本ってかなり独特なのかもしれません…。
そのうえでもし今後日本人がリンクトインを使い始める時期が来るとすれば、それは日本の雇用慣行が限りなく海外化(ジョブ型雇用への完全移行など)したときなのではないかと思います。
その段階まで来ればSNS文化もかなり海外寄りになっていそうですし、そうでなくてもリンクトインに対するニーズはかなり高まっているかも。
以上です。
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